1日1個のリンゴが健康の素になる人、命取りになる人
ほとんどの人にとって果糖(フルクトース)は、果物に特徴的な甘さを与えている物質でしかない。だがあなたがジェフのように「遺伝性果糖不耐症(HFI)」という稀な遺伝子疾患、つまり遺伝病を抱えていたら、食物として摂取した果糖は、体内で完全には分解されない(注)。その結果、「フルクトース2リン酸アルドラーゼB」という酵素が十分に生成できないため、毒性代謝物が体内とりわけ肝臓に蓄積するようになる。ジェフのような人には、1日1個のリンゴが、健康の素どころか、命取りになるのだ。
運よくジェフのがんは、早期に発見されたうえ治療が可能ながんだった。食習慣の改善――今度は果糖を避けるという正しい改善――を行えば、彼はこれからも長きにわたって、ニューヨーカーたちの食欲をそそりつづけることになるだろう。
だが、遺伝性果糖不耐症を抱えた人すべてが、ジェフのように幸運であるとは限らない。この疾患を持つ多くの人は一生涯にわたり、ジェフが大量の果物と野菜を食べたときに感じたような吐き気と膨満感に悩まされ、理由はわからないままになる。たいていの場合、だれも真面目に取りあってくれないからだ――担当医でさえ。
そして、気づいたときには手遅れになる。
遺伝性果糖不耐症を抱える人は、人生のある時点で自然に果糖が大嫌いになる人が多い(これが天然の予防策になっている)。そして自分でも理由がわからないまま、この種類の糖を含む食品を避けるようになる。
ぼくがジェフに出会ったのは、彼が自分の遺伝病について知ったすぐあとのことだった。その際に説明したことだが、遺伝性果糖不耐症を抱える人が身体の声に耳を傾けなかったり――そしてさらに悪いことに、医師から正反対の医学的助言を与えられたりすると――最終的には、卒中や昏睡、そして臓器不全やがんによって早すぎる死を迎えることになる可能性がある。
だがありがたいことに、状況は変わりつつある。それも急速に。
ついこの前まで、どんな人でも――たとえ世界一の金持ちでも――自分のゲノムを覗き見るようなことはできなかった。そもそもそんな科学技術が存在しなかった。けれども今日では、エクソーム解析〔全ゲノムのうち、1.5パーセントほどのエクソンの配列のみを網羅的に解析する手法〕や全ゲノム解読のコスト、すなわち、ぼくらのDNAを構成する数百万個のヌクレオチドの「文字」という貴重な遺伝的スナップショットを見るのにかかる費用は、高品質の大型テレビを買うより安くてすむ。そしてその価格は、日を追って下がっている。今まで見たこともなかった遺伝子データの真の「洪水」が到来したのだ。
では、これらの文字に何が隠されているのかというと、何よりもまず、そこにあるのは、ジェフとその医師が遺伝性果糖不耐症と高コレステロール血症によりよく立ち向かうために活用できたはずの情報だ。つまり何を食べ、何を避けるべきかについて、自分に適した判断を下すためにだれもが使える情報である。あなた以前にこの世に存在していた先祖全員のモノグラムが付された、あなた個人への贈り物であるこの知識があれば、何を食べるべきかについて――さらには後に見ていくことだが、どのような人生を選ぶべきかについても――知識に基づいた適切な判断を下すことができるようになる。
とはいっても、ジェフを担当した最初の医師が間違っていたと言うわけではない。少なくとも伝統的な医療という見地から考えれば、その医師は正しいことをしていた。というのも、ヒポクラテスの時代以来、内科医は常に、以前手がけた患者の病態に照らして新たな患者の診断を下してきたからだ。最近このコンセプトはさらに拡大され、統計学を駆使した高度な研究が応用されている。最大数の患者に効果がある治療法は何かを医師に教えるため、苦労しながらパーセンタイル値を導き出すようなことまでやっているのだ。
もちろん、それはそれで結構だ――ほとんどの人にとって。ほとんどの場合は。
だがジェフは、ほとんどの人とは違っていた。ほとんどの場合からも外れていた。実は、あなたもジェフと同じなのだ。ぼくらはみな、ひとりひとり違うのだから。
注:問題を引き起こすのは果糖だけでなく、蔗糖(スクロース)とソルビトール(いずれも体内で分解されて果糖になる)も同じだ。ソルビトールは通常「シュガーフリー」のガムなどに含まれている。