ときどきおかしなモノを出してくるVOX(ヴォックス)から、ポータブルラジオ「AC30 Radio」が発売された。
地震や台風のような自然災害に加え、最近は北からミサイルも盛んに飛んでくる。非常時の情報源としてラジオはあった方がいいにきまっているが、なぜいまさらVOXがラジオなのかと思えば、今年はVOX60周年。音楽体験の原点に戻ってラジオを聴こう! ということらしい。還暦おめでとう!
と言いつつ、どうせノベルティーグッズ程度のものと軽く見ていたら、ワイドFM対応のラジオとしてしっかり使える上に、楽器をやっている人なら「あらっ?」と思うディテールがいくつもあるヘンなラジオだった。
ただ普通にラジオとして買ったら、あたりまえの人は怒り始めるかもしれない。だから、まずVOXのフィロソフィーから入らなければならない。
VOXと言えば「AC30」
AC30 Radioの原型は「AC30」というギターアンプにある。VOXといえば、まず何を置いてもAC30だからだ。
発売以降、シャドウズ、ビートルズ、そしてヤードバーズの世界三大ギタリスト全員が使い(ミケランジェロ・アントニオーニの映画『Blowup』では、演奏中の機材トラブルにいら立ったジェフ・ベックがギターでVOXのアンプを小突く演技が観られる。その際のアンプはどう見てもVOXなのだが、演者が小突く個体のみVOXのエンブレムが外されていたのは、制作側の何かの配慮だったのだろうか)、クイーンのブライアン・メイや、U2のジ・エッジも愛用している。
要するにイギリスの革新的なバンドサウンドから、VOXを切り離して考えることはできない。アンプのほかにもジミヘンが使ったワウペダル、後にビザール呼ばわりされるギターやベースが有名だが、総じて言うなら、絶対的な性能よりも新奇性、スペックよりも出音のおもしろさ、メインストリームよりニッチで攻めるところが、ヘソの曲がったマニアから絶賛支持される所以である。当然ながら私も大好きだ。
最近では輸入代理店でもある似たものメーカーのKORGパワーも加わり、新型真空管Nutubeを使った小型ヘッドアンプ「MVシリーズ」や、ギター直結小型ヘッドフォンアンプ「amPlug」、往年のオルガンを復刻したステージキーボードの「CONTINENTAL」など、高い技術とマニアックな目線でよそがやらないハイコストパフォーマンスの機材を量産し続けてくれてとてもありがたい。だが、時折シャレもかましてくる。
例えばつい最近も、伝統のワウペダルの形をしたドアストッパーを真面目に発売した。おそらくそれに近いのが、今回のAC30 Radioのポジションと思われるが、ちゃんと電気が通って音が出る。
プラモっぽさがそれらしい
AC30 Radioの外観はゴールドのエンブレム、モールに白いパイピングと、佇まいは完全にACシリーズだ。フロントグリルがダイアモンドクロスではないのは惜しいが、バッフルの前面はちゃんとしたクロス張り。
大きさは幅170×8奥行き80×高さ128mm、重さは電池抜きで640g。手のひらサイズと言うにはちょっと大きいが、机の上に置いてじゃまにならない。私物のAC10C1と比べてみた。
60周年記念という語感から想像される高級感はなく、はっきり言うとプラモデルっぽい。だが、VOXは楽器としては一流であっても、余計なお金をかけた高級品ではない。ミニチュアも慎ましさがそれらしいと思う。
本体上部は、赤茶の操作パネルにカッパーの印字、そしてチキンヘッドノブでAC30っぽさを再現。運搬用のハンドルや放熱スリット、コーナーガードなどのディテールもよく再現されているので、プラカラーで着色するとさらにそれらしくなるのではないか。
受信できる周波数は、FM 76.0~108.0MHz(0.1MHzステップ)、AM 520~1629kHz(9kHzステップ)。選局は上下(▲▼)ボタンで周波数を選ぶか、長押しでオートスキャンが使える。意外と多機能で、周波数表示のディスプレーを使って時刻表示やアラームも設定できる。
右側面には各種端子類とパワースイッチ、そしてLEDインジケーターが付くが、このあたりはギターアンプらしく、上のパネルに持ってきて欲しかったかなあという気はする。
DC INはセンターマイナス9V!
ところで、裏の電池フタを開けてみると、単3電池6本という仕様だった。時計表示だけなら3年使えるらしいが、こんなに電池が入っているのに、FMラジオの受信は8時間しか持たない。ポータブルなんだから、単4電池2本くらいでなんとかしてよと思わないでもないが、側面のDC端子を見て納得した。
おおっ、これはセンターマイナス9Vではないか!
と驚かれても謎深まるばかりの方に注釈すると「センターマイナス9V」は楽器を演る人が足元に並べているエフェクター、あれに広く使われている電源だ。内径2.1mmのDCプラグの極性と、そこにかかる電圧を意味する。
昔からエフェクターには9Vの006P電池を使うものが多かったが、電圧が下がると音は変わるし交換も面倒。そこで外部電源も使えるよう、DC INが装備されるようになった。
私の記憶が確かなら、最初にBOSSがセンターマイナス9Vを採用し、それをほかのメーカーが追従してこうなったはずだ。もちろんセンタープラスもあるし9V以外もあるが「センターマイナス9V」は、今やエフェクター電源の代名詞のようになっている。
で、この仕様のDC INをラジオにもってくるのは、おそらく楽器メーカーしかやらないだろう。というか楽器メーカーは滅多にラジオなんかやらないわけだが、おかげで我々はラジオとエフェクターでDC9Vを共用できるようになったのだ。こんな風に。
なんとペダルボードにもAM/FMラジオが組み込めるのだ!
「で、それ何に使うの?」と問われても、各自を工夫してくださいと言うしかないが、こうしてまったく問題なく使えるのは事実である。
AUX INでパワードスピーカーに
さて、普通のラジオと違うところがもうひとつ。イヤフォンジャック「PHONES」ともうひとつステレオミニの「AUX IN」がある。外部音声入力端子である。1970年代のラジカセには、マイク端子付きでミキシングできるのがウリの製品もあったが、このAUX INはラインレベルだ。ラジオに外部入力って、一体なんのために?
試した結果をお伝えすると、このAUX INはラジオ音声と排他利用ではなく、入力された信号はラジオ音声とミックスされて同時に鳴る。この際、VOLUMEノブはラジオの音量だけに効くので、ノブを左に回し切ればラジオはミュートされ、AUX INの信号を拡声するだけのパワードスピーカーになる。
さらに驚くべきことがもうひとつ。そのパワーが結構凄い。
スピーカー2発のステレオ仕様
なんと、このラジオはステレオ仕様なのだ。つまりスピーカーとアンプが2セット付いている。しかも片chの出力が1Wだから、総合出力は2W。このサイズのポータブルラジオで、こんな高出力のステレオスピーカーを内蔵するものは、あまり聞いたことがない。無駄に電池をいっぱい使う仕様は、こんなところでも効いてくるのだ。
なぜスピーカーが2発かと言えば、AC30が2発だから。AC30以前にAC15という15Wのモデルがあり、それを2台分まとめて音量を稼いだのがAC30の成り立ちだ。結果として30Wのコンボアンプとは思えない、馬鹿でかい音の出るアンプになった。
そこでAC30にならって2発付けるなら「ついでにステレオにしてしまえ!」という勢いでこうなった感じも想像できなくはない。だからと言って「無駄なところに余計な部品を使うな」とは誰も言わなかったのである。素晴らしい。
で、先程のAUX INの信号もちゃんとステレオで出力されるわけだが、スピーカーが左右近接しているのでステレオ感なんか全然ない。それでも2発のスピーカーを独立したアンプで鳴らしているわけだから、結構いい感じで鳴るのだ。レンジはラジオそのもの。そこがまたいい。
スピーカーの口径表示がインチ
ちなみに内蔵スピーカーの口径は、スペック表を見ると「3インチ」になっていた。単位がインチ。ギターアンプのスピーカーはメートル法の日本国内でもなぜかインチ表記なのだが、その流儀をこんなところでも発揮しているのだ。素晴らしい。
VOLUMEのカーブがピーキー
このラジオのVOLUMEカーブは笑うしかない。右に回し始めててっぺんの12時を過ぎ、おおむね2時位までは、本当に緩やかにしか音量は変化しないが、3時以降からいきなり爆音で鳴り始め、ついにはギンギンと歪んでしまう。
あのね、ギターアンプじゃないんだから、こんなピーキーなボリュームカーブにしなくたっていいじゃないですか。そう思わないでもないが、こんなところにもギターアンプ癖が出てしまったのだとすれば最高だ。
「OFF」ではなくて「STANDBY」
多くの真空管ギターアンプには、電源のほかに「STANDBY」というスイッチがある。これは電源を入れていきなり音を出すと、真空管の寿命が縮んでしまうので、いい感じに温まるまで音を出さないためにある。
で、AC30 Radioの電源スイッチには「ON」とOFFの代わりに「STANDBY」表記になっている。おお、ここも真空管アンプっぽさにこだわるのか。素晴らしい!
と、ここまでの流れから素直にそう思いがちだが、AC30 Radioには設定した時刻になるとラジオが鳴り始めるアラーム機能がある。その設定のために使うポジションなのだ。でも、どう見たって真空管アンプ風の小ネタにしか見えないから素晴らしい。
できれば普通のラジオとして使いたくない
さて、もちろん欠点もある。まず電池の入れ替えや、ACアダプターを抜くたびに設定がリセットされ、時刻の設定から始めなければならない。バックアップ用のバッテリーがないのだ。
これはACアダプターを常用することにして、バックアップ用に電池を入れておけば問題ないし、そもそもステーションメモリー機能がないので、設定がリセットされたところで大した被害にはならない。とはいえ、一般の家電メーカーが、この仕様で売ることはないだろう。アナログチューナーならともかく、デジタル式でステーションメモリーがないのは厳しい。
だが、ここまで述べてきたように、AC30 Radioには細部に楽器の神が宿っている。ラジオ「も」聴ける製品なのだと私は理解している。
たとえばAUX INを利用して、AmPlugのパワードスピーカーとして使うのも良い。FMラジオの局間ノイズもちゃんと出るから、モジュラーシンセのノイズ音源にもなる。ノイズ系の音楽を演る人なら、そのまま使ってもいいだろう。その際はエフェクターと一緒に使えるセンターマイナス9V仕様が意味を持つようになる。長いロッドアンテナを利用してテルミンに改造するのもおもしろい。あ、もちろん改造は自己責任で。
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著者紹介――四本 淑三(よつもと としみ)
1963年生れ。フリーライター。武蔵野美術大学デザイン情報学科特別講師。新しい音楽は新しい技術が連れてくるという信条のもと、テクノロジーと音楽の関係をフォロー。趣味は自転車とウクレレとエスプレッソ