オーヴァーコートといえば、チェスターフィールドコートである。ソーシャル、フォーマルのどちらでも着用できる。服飾史家の中野香織さんに、その魅力をおきききした。あわせて、最新のチェスターフィールドコートを紹介。
DUNHILL
ボタンの合わせを浅くすることで、フロントを開けても様になるように設計されたダブルブレステッド型。正統なムードが漂う英国然とした構築的な肩周りが、ビジネスエグゼクティブに相応しい堂々たる威厳を添えてくれる。
歴史は19世紀にまでさかのぼる
チェスターフィールドコートの歴史は19世紀にまでさかのぼる。
当時洒落者として知られていたチェスターフィールド6世によって世に広まったこのコートを「正統性と汎用性を備えながら、合わせはシングルでもダブルでもよく、上襟の生地は共布の場合もベルベットの場合もあります。フロントのボタンを見せない比翼仕立てが本式といわれていますが、これも厳格ではありません。明確なのはウエストに切り替えがないことくらいでしょうか」と中野さんは解説してくれた。
定型が曖昧にもかかわらずここまで世のなかに浸透しているということはとても興味深い。それを「寛容で他者を排除しないコート」と表現する。
「祖父にあたるチェスターフィールド4世は、大使や閣僚として活躍し、イギリスやフランスの文人との親交があり、18世紀イギリス最大の教養人のひとりといわれたひと。彼は息子に “いかにして生きるべきか”という手紙を送り続けます。これがのちに処世訓として世界中で出版されました。いま読んでも参考になりますよ」。
人生全般の心得本『わが息子よ、君はどう生きるか』(三笠書房刊)は、時間の使い方や教養の大切さ、人間関係での注意点など、普遍の真理が説かれている。
そんな4世の精神性は社交紳士、ファッションリーダーと知られた6世へと受け継がれ、やがて冬に男子がまとうべきオーヴァーコートとしてチェスターフィールドコートが誕生する。
最後に中野さんは「世渡り上手として知られたおじいさんに対して、孫が“これなら文句ないでしょう”ということをカタチにしたコートなのかもしれませんね」と語ってくれた。
なるほど、たしかに定型はあるにはあるけれど融通無碍ともいえなくもない。つまりは寛容にして自由。しかし、どんなオケージョンでも男を凛々しく映し出す。
チェスターフィールドコートは正装である。処世術に長けた外套であり、祖父から孫へのギフトなのである。
エッセイスト・服飾史家・明治大学国際日本学部特任教授。過去2000年の男女ファッション史から最先端のモード事情まで精通。著書は『紳士の名品50』(小学館)や『ダンディズムの系譜 男が憧れた男たち』(新潮選書)ほか多数。