今年1月4日、野田佳彦首相は年頭の記者会見で、「ネバー、ネバー、ネバー、ネバー・ギブアップ」と語り、消費増税法案成立にかける並々ならぬ意気込みを示した。
このフレーズは、1941年、当時英国の首相だったウィンストン・チャーチルが演説で語った有名な言葉なのだが、野田首相のチャーチル語録引用は、今に始まったことではない。彼はなぜ、チャーチルにかくも強い思い入れを抱くのであろうか?
その疑問を解くべく、今新たに支持されている「チャーチル本」を手にとってみた。昨年9月に刊行された『危機の指導者 チャーチル』(冨田浩司著/新潮選書)だ。著者の冨田氏は1957年生まれの現役外交官で、現在は北米局参事官を務める人物。英国には、オックスフォード大学留学と2度の大使館勤務など、7年滞在した経験を持つ。
本書の大半は、チャーチルの壮大かつ数奇な人生史である。中でもヒトラーの攻勢に遭い、未曾有の危機に陥っていた斜陽の老大国・英国が、いかに第二次世界大戦に勝利したか、いかにチャーチルがリーダーシップを発揮したかに、大きなウェイトをおいている。
筆者などは、学生時代に教科書で知り得たボンヤリした知識しか持たなかったが、チャーチルの人となりが立体的に浮かび上がり、非常に興味深く読んだ。そして“老獪そうな好々爺”という一方的なイメージしか抱いていなかった自分にとって、チャーチルの政治における辣腕ぶりや波乱万丈の人生、一風変わった人間味などを初めてうかがい知ることになった。
冨田氏は、危機にある国家の指導者としてチャーチルが優れていたのは、以下の資質を持っていたことにあるという。それは以下の3つだ。
1.コミュニケーション能力(=目的意識の明確化)
2.行動志向の実務主義
3.歴史観
さらには、チャーチルは演説の達人であり、1953年にはノーベル文学賞を受賞するほど言葉を大切にし、類稀な弁論の能力を持っていたことも、重要な鍵となるだろう。
国家の難局を演説で乗り越えたチャーチルだけに、それにあやかりたい野田首相の心情は、素人目にもよくわかる。また、松下政経塾出身で、スピーチには自信を持っているという彼が、チャーチルを強く意識し、私淑するのもうなずける。
本書は、著者の冨田氏がロンドン駐在時に書き溜めたものだそうだが、その後、奇しくも東日本大震災や福島の原発事故が発生したことで、「現在日本が置かれた状況を考えると、常に危機の指導者たらんことを目指した彼(=チャーチル)の生きかたには、我々の将来を考える手がかりが潜んでいると考える」と述懐する。
この有事の日本で、チャーチルの言葉はどのように輝きを放つのか。そして、野田内閣はどんな舵取りで日本を導いていくのか。今こそ、全国民が注視しなければならないだろう。
(田島 薫/5時から作家塾(R))