また、お客さんが絶対に受け入れられないのは、味以上に値段の間違いである。1200円払って料理を頼んだのに、800円の料理が出てきたという事態には、料理店のコンセプトにいくら共感していても納得できないはずだ。こうした考えから、料理は一律1000円と決まった。

 福祉的な“いいこと”ではない、エンターテインメントとして認知症の人を取り扱うという姿勢に、「不謹慎だ」という批判が出ることは十分に考えられる。しかしそれでもやり抜く意味があると、実行委員会の人々は信じてプロジェクトを進めた。

◇間違いを受け入れ、一緒に楽しむ

 話し合いのなかでは、ある種のエンターテインメントとして「注文をまちがえること」を楽しみたいお客さんのため、「間違えること」を意図的に設計しておくべきではないかという意見も出た。しかし実際にスタッフとして働くことになった泰子さんの夫に意見を伺ったところ、「“間違えちゃうかもしれないけど、許してね”というコンセプトはいいと思う。でも、妻にとって間違えることはとてもつらいことなんです」という言葉が返ってきた。この一言で、「わざと間違えるような設定は絶対にしない」という方向性は強固なものとなった。

 実際の営業中、間違いは数多く起きた。しかしそこで興味深かったのは、誰一人として怒ったり、苛立ったりしなかったということだ。注文と違う品が出てきても「まあいいか、たいした問題じゃない」という気持ちが、間違いを間違いではないものにする。この寛容さこそが、「注文をまちがえる料理店」がめざしていた到達点のひとつだった。

 この料理店で、認知症の問題が解決するわけではない。しかし間違えることを受け入れて楽しむという寛容さが少しでも社会に広まっていけば、これまでにない新しい価値観が生まれてくるはずだ。

 もちろんそのような気分にさせるためには、いくつもの“仕掛け”が必要になる。「注文をまちがえる料理店」という名前、値段の均一性、アレルギーへの配慮、ムダで非効率的とも思えるコミュニケーションの重視。そういったさまざまな仕掛けを通して、「寛容さ」は引き出されていく。そしてその寛容さが、間違えるという行為、そして認知症の症状という“コスト”を、エンターテインメントという“価値”に変えたのだ。
 
◆「注文をまちがえる料理店」のこれから
◇それぞれの感性で自由な解釈を

 メディアで取材を受ける際、「この料理店を通して伝えたいメッセージは何ですか?」という質問を著者はよく投げかけられる。しかし、この料理店には明確なメッセージは存在しない。「注文をまちがえる料理店」に触れた人が、それぞれの感性で自由に感じてもらうことが一番よいというのが著者の考えである。

 2017年9月16日から18日にかけて、東京六本木で「注文をまちがえる料理店」はふたたびオープンした。認知症を抱える18人のホールスタッフの中には、6月のプレオープンのときに参加した人の姿もあった。

 9月21日の世界アルツハイマーデーを前に開催したこの企画に対しては、クラウドファンディングでの目標額800万円に対し、1291万円もの資金が集まった。当日は300人もの来店客が集まり、「注文をまちがえる料理店」の趣旨に賛同してくれる仲間の多さが心強い支えになった。