先日、『経済学者たちの日米開戦』(牧野邦昭著、新潮選書)が秀逸だと友人たちの間で話題になった。
第二次世界大戦前夜、陸軍が結成した通称「秋丸機関」に当時一流の経済学者たちが集結し、英米仏ソ中の連合国、日独伊などの枢軸国双方の経済、社会情勢を徹底的に分析し、それぞれの国家の戦争遂行能力を評価した幻の報告書が作成された。
それによると、開戦しない場合でも、国力の継続的な低下は確実で連合国に屈服せざるを得ない、開戦した場合は、非常に高い確率で致命的な敗北を喫すると予測されている。一方、きわめて低い確率ではあるが、ドイツがイギリスに短期間で勝利し、それを受けてアメリカが戦意を喪失すれば、有利な講和を結ぶことができる可能性があるとも書かれている。いずれにせよ、進むも地獄、退くも地獄ではあるが、経済学者たちは対米英戦における明確な敗戦を予測していたというのである。
対米英開戦は
陸軍が悪者なのか
本書によると、この報告書は、国策に反していたため、すべて焼却処分に付されたと言われていた(記録では、主担当の経済学者がそのように発言しているのである)。そして、「秋丸機関において『経済学者が対米戦の無謀さを指摘していたにもかかわらず、陸軍はそれを無視して開戦に踏み切ってしまった』という理解が定着し、現在ではそれが通説となっている」とある。
陸軍がいかに非論理的であり、精神主義を押し通した合理性のない機関であったかということは、これまで幾多の論文、ドラマや小説などを通じてわれわれに繰り返し刷り込まれてきた。本書は対米英戦の意思決定において、その通説が実態を正しく反映していたのか、そうでなかったのかを丹念に検証し、少なくとも開戦の意思決定においては、「通説通りではなかった」「合理的に判断し、わずかな可能性に賭けた」ということを、行動経済学の観点から考察し著した優れた書物である。