髪が生えそろうまではファッションウィッグで髪型を楽しむ

──乳房を失うのも辛いですが、女性にとっては抗がん剤で髪の毛が抜けることも辛いことですね。

 髪の毛が抜けるとわかっているから、抗がん剤治療を前にショートカットにする人は多いですが、私はずっとロングヘアだったのでなかなか思い切れませんでした。「もしかしたら、私だけは大丈夫なんじゃないか?」という願いにも似た思いもあり、カットはしたもののミディアム程度にとどめました。でも結局すべて、抜けてしまいましたね。髪の毛はもちろん、眉毛も、まつ毛も…。

 抜けてみて初めて、「まつ毛って目を守ってくれる大事な毛なのだ」と気付きました。とにかく目にゴミが入りまくって痛いんです。抗がん剤治療を終え、髪の毛は1年後ぐらいから、眉毛とまつ毛は半年後ぐらいから生え始めましたが、それまでは本当に苦労しました。

 そして、8カ月後に職場復帰した後は、「髪」に苦労しました。医療用かつらはよくできていて、周りに気づかれることはほとんどなく、かつらで生中継レポートをしたことも何度もありますが、「かつらが落ちてしまう」恐れは常にありました。復帰してしばらく経ったころ「台風中継をお願いできる?」と言われたことがありますが、生中継でかつらが飛んだら大変なことになると思い、断らざるを得ませんでした。

 ただ、始めは「ばれたくない」「とにかく隠さないと」という一心でしたが、職場復帰して半年ぐらいたったころから、「どうせならばかつらを楽しもう」と考えるように。医療用かつらを止め、渋谷のファッションビルに入っていたギャル向けのウイッグショップで好きなファッションウィッグを揃え、月ごとに髪型を変えて楽しむようにしました。全然ばれないどころか、「いつも髪型決まってるね」なんて声を掛けられることが多くて、もっと早くやればよかった!と思いましたね(笑)。

 そして初めてファッションウィッグを買ったとき、感動した出来事があります。
 ウィッグは試着して買いたいのですが、髪の毛がないから人前では試着したくない。でも、ファッションウィッグの店だと、鏡しかないんです。
 ギャル風の店員さんにこそっと、「試着したいのですが、抗がん剤の影響で髪の毛がないんです」と伝えると、「そういう方、結構来ますよ!」とすぐに隣の洋服屋さんの試着室に案内してくれて、ゆっくり試せるようにとイスまで持ってきてくれたんです。スムーズな対応が嬉しく、心が温かくなりました。
 この店員さんのように、「自分とは違う立場や経験を持つ人のことを想像して動ける」人が増えれば、誰もがより自分らしく生きられるもっと優しい社会になるのではないかと思っています。

──髪の毛が生え始めるまで1年かかったとのことですが、ウィッグがいらなくなったのはいつ頃ですか?

 初めてウィッグなしで仕事をしたのは2010年4月ですから、手術して2年弱かかりましたね。まだ長さはなく、男の子のようなベリーショート状態でした。
ちょうどそのとき、「ゴールドリボンウイーク」という小児がんの子どもたちを応援するイベントをリポートすることになったので、参加者はみんながんに対する理解があるだろうし、これがいい機会だと思えたのです。
 それまで、ベリーショート姿を周りに見せたことがなかったので少し恥ずかしかったですが、「もう隠さなくていい」という安ど感とともに、何か一つ乗り越えられたような気がして、とても嬉しかったことを覚えています。

鈴木美穂(すずき・みほ)
認定NPO法人マギーズ東京共同代表理事/元日本テレビ記者・キャスター
1983年、東京都生まれ。2006年慶応義塾大学法学部卒業後、2018年まで日本テレビ在籍。報道局社会部や政治部の記者、「スッキリ」「情報ライブ ミヤネ屋」ニュースコーナーのデスク兼キャスターなどを歴任。2008年、乳がんが発覚し、8か月間休職して手術、抗がん剤治療、放射線治療など、標準治療のフルコースを経験。復職後の2009年、若年性がん患者団体「STAND UP!!」を発足。2016年、東京・豊洲にがん患者や家族が無料で訪れ相談できる「マギーズ東京」をオープンし、2019年1月までに約1万4000人の患者や家族が訪問。自身のがん経験をもとに制作したドキュメンタリー番組「Cancer gift がんって、不幸ですか?」で「2017年度日本医学ジャーナリスト協会賞映像部門優秀賞」を、「マギーズ東京」で「日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2017チーム賞」を受賞。