農業一色の学生時代だったが、結婚を機に静岡へ移住。産業機械メーカーでロボットの開発リーダーをしていた。それでも、農業で起業する夢は捨て切れなかった。
きっかけは、静岡大学で受けた農業講座だ。受講生は農家ばかり。身を置く製造業は、機密保持契約の覚書を交わし、顧客ときっちり打ち合わせをして製品を作り込んでいく世界。一方の農業業界には、農家が理不尽な目に遭う商習慣が残されていた。
「顧客である小売りチェーンごとにトレーサビリティーの確保を求められ、物流コストや資材費の上昇分を負担させられる。そこまでしても、雨が降ったら『今日は(来店客が少ないから)野菜は持ってこなくていいよ』と口約束がほごにされてしまう」(加藤社長)
農業機械については詳しいが、農業ビジネスに関しては門外漢。それでも、「理不尽な農業を変えたい。開け、日本の農業! って思いました」(同)。
2009年、ITを使った農業ビジネスをフィールドに起業した。加藤社長の問題意識は、生産者にしわ寄せが及ぶ流通構造を変革することにあった。
では、エムスクエア・ラボのやさいバスは、どんなビジネスモデルなのか。その仕組みこそシンプルなのだが、そこかしこに稼ぐ仕掛けがちりばめられている。
やさいバスの取引先は、野菜を作る人(農家)100ユーザー、野菜を買う人(小売りや飲食店が主体)100ユーザーから成る。原則として、買い手は法人に限り、個人ユーザーは利用できない。
これには、「青臭いと言われるが、信頼できるチーム内で流通させるしかない」という加藤社長のこだわりがある。
結局、おいしい野菜を届けたい人と、おいしい野菜を買いたい人との間に信頼関係がないと、物流ビジネスは成り立たないからだ。
バスは“バス停”と呼ばれる集配所を経由する。農家も買い手も集配所まで持っていったり、取りに行ったりする歩み寄りで成り立つ仕組みだ。静岡県内を1日8時間、3台が快走中だ。
やさいバスは
農業に参画できるインフラづくり
最大の鍵は、信頼できるチームで物流コストを「シェア」する料金設定をしていることだ。
農家は1箱当たり約200円(出荷価格の11%に設定)を負担し、買い手は1箱当たり350円を負担している。
転機は、宅配最大手のヤマトホールディングスの労働問題だ。この問題をきっかけにして、物流コストの値上げを容認する世論が形成されていったからだ。「買い手の負担が100円や200円だったら、ビジネスが成立していなかった」と加藤社長は打ち明ける。
地域密着の効率性と中間流通コストの排除から、やさいバスの物流コストは一般的な販売チャネルに比べて割安だ(下図を参照)。