「母の日」の原点は
亡き母をしのぶ記念日だった!

 日比谷花壇では配達専用商品に関して、「昨年は母の日までの10日間で、仏事用途の花の注文状況が5年前に比べて約1割増えた」と、需要が徐々に拡大していることを指摘。周辺に霊園がある直営店では、母の日参りコーナーを設けて販売に力を注ぐ。

 主にピンポンマムや青いカーネーション(ムーンダスト)、グリーンや白の淡い色のカーネーションなど洋花で組束をアレンジ。母の日にちなみ、赤やピンクのカーネーションを希望する人も少なくないという。「店頭での売り上げも年々増加している。40~50歳の夫婦で購入する方が目立つ。母の日が、亡き母を思い出してしのぶ機会にもなっている方が増えていることを実感している」(日比谷花壇)。

 そもそも、20世紀初めの米国で発祥した母の日は、ある女性が敬愛してやまない亡き母をしのぶ日々の中、世の中の母親に感謝を表す記念日を作ろうと思い立ったのがきっかけ。この女性は、開催された「母の日」を祝う会で、母が好きだった白いカーネーションを祭壇に捧げた。この「母の日」の輪が米国全土に広がり、戦後の1947年に日本に伝わってきたわけだ。

 つまりルーツを辿れば、母の日とは、亡き母に供花するのが本来の姿。母の日参りはその原点に戻った習慣といえる。

 国内の母の日市場は約1170億円とされるが、少子化が進めば、市場の縮小は避けられない。他方で高齢化が進み、需要が高まる母の日参り市場。実母死別人口は今後も増えることが確実な中、“母の日ギフト”の喪失感を“母の日参り”で埋める動きが拡大することは間違いなさそうだ。

(大来 俊/5時から作家塾(R))