ここで幾つかの問題に直面した。社員の中に、通勤が不便になるという理由で退職をほのめかす者が出てきたのだ。
加えて、家賃も今の2倍以上になるためコスト的に厳しくなり、社長からは「もっと削減できないのか」と詰め寄られた。
そうした中で見えてきたのは、ビルオーナーは今のオフィス需要の追い風を受けて強気になり、相場より高めの賃料で募集をかけているという実態だった。
他にも、物件によっては競合が多くなり、コンペ形式が取られることもあった。その際には、決算書3期分のほかに雑収入の内訳、助成金の有無から社長の経歴まで事細かに聞かれた。「完全にオーナー優勢の市場だと痛感しました」と前出の幹部は言う。ましてや賃料が上がれば敷金や保証金のみならず、仲介業者への仲介手数料も跳ね上がる。そうした初期費用の増額を避けたかった。
というのもこの中小企業は、取引先である海外企業からの入金が遅れることがままあり、手元資金の額には波がある。内部留保があるとはいえ、現金が少ないタイミングに移転費用を支払う期日が重なると、資金繰りがかなり厳しくなってしまうからだ。
そうした綱渡りを経て、すったもんだの末にようやく移転先が決まったのが、移転先を探し始めてから9カ月後のこと。一度は条件が合わず見送った現在のオフィス近くの物件だ。最終的にオーナー側が折れて、賃料を下げてくれたのだ。ただし、「その金額でようやく他のテナント企業と同水準なんですよ」と幹部は苦笑いする。