6 標準ユーザー向けに過剰設計を見直す

 企業は最も要求が厳しい顧客にイノベーションの焦点を合わせる傾向がある。そのニーズに応えるため、よりよいパフォーマンスを提供できる次世代の製品・サービスを導入する。

 だが、その途上で奇妙な現象が起こる。最先端の製品・サービスが過剰設計となってしまい、多くの人々にとって価値が下がり始めるのである。

 そうした状況では、要求があまり厳しくない顧客向けに製品の機能を減らし、ハーバード・ビジネス・スクール教授のクレイトン・クリステンセンが言う「十分によい」製品をつくることで、企業は掌中のイノベーションの機会を見出すことができる。たいていの場合、機能を減らした製品を市場へ送り出すのに必要な開発時間や資源は、ごくわずかである。

 この戦略は好況時にも有効だが、景気が低迷し、顧客が出費を削ろうとする時期に、特に効果を発揮する。

 製品の簡素化は心躍る方策には見えないかもしれないが、何もしなかった場合のコストを考えるべきである。自社にできるのなら、ライバルにも可能だ。となれば、機先を制したほうがよい。機能を減らした製品は、これまで購入を検討してこなかった顧客層をつかみ、市場を広げる可能性がある。

 クラフツマンは数年前、〈C3〉コードレス・ドリルで同じ状況を経験した。要求水準の高いユーザーは多機能ドリルを歓迎したが、家の修繕でたまに使うだけという標準的ユーザーにとっては機能過多もよいところだった。

 そこで、〈C3〉シリーズの電動工具への敷居を下げるため、2段変速を1種類に、トルクを410インチ・ポンドから125インチ・ポンドに、キーレス・チャックを2分の1インチから8分の3インチへ、バッテリーを2つから1つにしたドリルをつくった。これらの変更に要したのは、製作工程やモーターのごく簡単な修正だけであり、それによってドリルの品質が損なわれることはなかった。

 クラフツマンの推定では、回転速度を1つにしたドリルが発売された年、〈C3〉シリーズは想定の2倍の新規ユーザーを獲得した。このドリルはもともと1度きりのプロモーション用に売り出す予定だったが、予想外の人気を受け、いまでは〈C3〉シリーズの標準品となっている。

 私たちの経験では、人工股関節置換手術を行う外科医であれ、家の修繕をする日曜大工愛好家であれ、ほとんどの市場に要求が厳しい顧客層とそうでない顧客層が存在する。その製品が対応する2次的、3次的ニーズを重要だと考えない顧客層にとって、それは過剰設計となる。

 だからこそ、相対的に重要性が低いニーズを満たす機能は、減らすか削除できないかと、常に自問すべきである。ここでもやはり、顧客が片づけようとしている仕事、そして、どんな成果をもって製品を評価するかを考えれば、要求が厳しい顧客層とそうでない顧客層を見分けることは可能である。

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 マネジメントの父であり社会生態学者、ピーター・ドラッカーがかつて書いたように、企業の基本的な機能は、マーケティングとイノベーションの2つしかない。そして顧客を獲得し、ライバルに先んじるにはイノベーションは欠かせない。

 他方、次なる素晴らしい製品・サービスを探す際には、目前の、すぐさま市場に投入可能なものを見落とさないよう注意しなければならない。

 こうした製品・サービスは、まだ構想中のアイデアよりも速く安く売り出せるし、往々にしてリスクも低い。ことわざをもじって言えば、「掌中の1つのイノベーションは、研究室の2つのイノベーションに値する」のである。

編集部/訳
(HBR 2011年6月号より、DHBR 2012年8月号より)
Innovating on the Cheap
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