人工中絶をめぐる法と宗教の対立
カトリックはまた、人工中絶や避妊についても否定的です。「結婚(子づくり)とは、神創造への協力」と考えているため、子どもを産むことは神への貢献です。
今では多くのカトリック教徒が避妊については合理的な判断をしているようですが、中絶となると話は別です。キリスト教ではカトリックもプロテスタントも、受精した段階で人間であると考えます。
この考えに従えば「人工中絶=殺人」。よって今でも人工中絶を全面的に禁じている国は六カ国あり、バチカン市国をはじめ、すべてカトリック教徒が多数派の国です。
アイルランドも二〇一八年まで全面禁止でしたが、母体が危険にさらされても人工中絶をしなかったために胎児も母親も亡くなるという痛ましい事件をきっかけに、国民投票によって法律が変わりました。
ほとんどの国は条件つきで人工中絶が合法なのですが、「妊婦の生命に危険がある時のみ人工中絶をして良い」という厳しい条件の国も一〇カ国以上あります。これは望まない妊娠、たとえばレイプによって妊娠した少女でさえ、健康であれば出産しなければいけないということです。
「女性の権利を侵している」という非難の声もありますし、経済的理由から違法の中絶手術が水面下で行われ、命を落とすケースも多いようです。体外受精、ドナー卵子、ドナー精子などもキリスト教本来の考えからすると微妙な問題です。
フィリピンも生命の危険がなければ人工中絶は禁止。カトリック教徒なので避妊も良くないと考えるため、貧困層は子だくさんでますます貧困化し、一〇代の妊娠も上昇を続けています。
この状況にドゥテルテ大統領が避妊具を無料配布するなど、法と宗教のせめぎ合いが起きています。
イスラム教では、ハディースに「人間は母親の胎内で一二〇日かけて人間になる」とされていることから、それまでは人工中絶が認められます。
現在の日本の母体保護法では、妊娠二二週未満であれば中絶を認めていますが、医療が未熟であった一四〇〇年以上前でも母体を守るという観点から適切な期間を提示していたのは、さすが神の啓示を受けたムハンマドの言葉だと思うのは私だけでしょうか。
仏教では殺生を禁じていますが、日本の場合は法律上、前述の通り一定の要件のもとで合法です。
進展が著しい生命科学の分野は、実は宗教問題でもあるのです。