日本が対韓国輸出規制を決めた直後、韓国サムスングループの総帥、李在鎔(イ・ジェヨン)・サムスン電子副会長の姿は日本の地にあった。韓国では文政権とメディアから総スカンを食い、日本では制裁措置の標的となり、サムスンはまさしく泣き面に蜂である。孤独な御曹司がすがった日本財界の重鎮とは――。全7回で展開する「日韓激突」特集の第1回をお届けする。(ダイヤモンド編集部副編集長 浅島亮子)
本業悪化と恐怖政治に苛まれる
サムスン御曹司の日本逃避行
韓国最大の財閥、サムスングループ総帥の李在鎔(イ・ジェヨン)・サムスン電子副会長(54歳)の行動は誠に素早かった。
7月1日に日本政府が韓国に対して輸出規制の強化を決めると、間髪を容れず、重要な日系サプライヤーの経営者たちにメールを送った。「サムスンと日本のメーカーはたゆみない努力によってこれまでも多くの苦難を乗り越えてきた。私どもは皆さんを必要としている。ぜひついてきてほしい──」。
そして、ちゅうちょすることなくイ・ジェヨン副会長は日本へ渡った。日本滞在中の7月10日に、文在寅(ムン・ジェイン)韓国大統領主催の財閥トップ懇談会がソウルで予定されていたにもかかわらず、だ。ビジネスを立て直すためとはいえ、自国の最高権力者との予定よりも、日本行きを優先させるとは、尋常な話ではない。
それぐらい、サムスンの置かれている状況は厳しい。サムスン電子の2019年4~6月期の営業利益は、主力の半導体事業が振るわず前年同期比56%に激減した。
恐怖政治もサムスンを追い詰める。市民運動家上がりの文大統領は“反財閥”を明確に打ち出すことで、既得権益層に不満を持つ一般市民の支持を獲得してきた。実際に、法人税率や最低賃金の引き上げといった、財閥グループなど大企業に負担を課す政策を乱発している。
反財閥の極め付きが、イ・ジェヨン副会長が朴槿恵(パク・クネ)前大統領への贈賄罪に問われたことだろう。現在は執行猶予付き判決を受けて経営に復帰しているが、サムスンが文政権に首根っこを押さえられた状況であることに変わりはない。8月29日、朴前大統領に対する最高裁判決が審理差し戻しになったことに連座して、イ・ジェヨン副会長の高裁判決も差し戻しになった。現地報道では、イ・ジェヨン副会長が再び拘束される可能性も指摘されている。
本業の業績悪化、文政権による恐怖政治に続いてサムスンを追い詰めたのが、今回の日本による“制裁措置”だった。
というのも、輸出管理が強化された3品目は全て、サムスンの半導体やディスプレーの製造に欠かせない重要部材だったからだ。もちろん、日本政府は「輸出管理の見直しという制度変更であり制裁ではない」との立場を貫いているが、輸出管理の強化という判断に、政治的要素が絡んだことは事実である。
まるでサムスンを狙い撃ちしたかのような制裁措置には、韓国の産業界を震撼させるに十分な破壊力があった。日本政府の方針転換一つで、いつ何時サムスンの部材調達網が崩壊するかも分からないのだから、当然である。日韓の政治的対立は、韓国の産業界に猜疑心と恐怖心を植え付けることになってしまった。
韓国では文政権とメディアから総スカンを食い、日本からは痛恨の一撃を加えられ、イ・ジェヨン副会長は孤立を深めている。
この難局をどうやって乗り切るのか──。だが、強力なリーダーシップとカリスマ性でグループを牽引した父、李健煕(イ・ゴンヒ)・サムスン電子会長は、長らく病床の身にあるため、判断を仰ぐことはできない。
そこで孤独な御曹司が頼りにしたのが、全幅の信頼を寄せる「日本の父」だった。