茨城県は土浦市に、世界シェア9割を誇る有機ELディスプレーの材料を製造している工場がある。フルヤ金属の土浦工場だ。決して大きな企業ではない。何せ、年商214億円だ。なぜそんな企業が世界を席巻しているのか。今回、ダイヤモンド編集部は秘密を握る工場への“潜入”に成功。日本の素材メーカーの強みに迫った。(ダイヤモンド編集部 新井美江子)
世界を席巻する
知る人ぞ知る有機ELの立役者
日本屈指の乗降客数を誇る東京・池袋駅から、JR山手線で2分。池袋駅に比べるとぐんと静かな大塚駅で降り、数分歩くとその会社の本社はある。
フルヤ金属――。売上高わずか214億円。だが、有機ELディスプレーに必須の、とある材料の供給を一手に担う、知る人ぞ知る企業である。
有機ELといえば、米アップルのiPhoneにも採用されている“宝の山”だ。電気を流すと特定の有機化合物を使った材料が発光するディスプレーで、液晶と違ってバックライトが必要ない。そのため、薄くて軽く、曲げられる。高画質でもあることから、「液晶の次」との呼び声が高い次世代ディスプレーだ。
フルヤ金属が手掛けているのは、有機ELの発光材料として採用されている「燐光(りんこう)材」向けの1次材料だ。いわば有機ELの“大本”であり、その名を「高純度イリジウム化合物」という。
その世界シェアたるや、なんと9割に上る。つまり、韓国サムスン電子製であろうが、同LGディスプレイ製だろうが、はたまた中国・京東方科技集団(BOE)製であろうが、世界中の有機ELという有機ELのほぼ全てに、フルヤ金属の材料が使われているということになる。
なぜ年商わずか200億円の企業が世界を席巻できたのか。それはずばり、イリジウムという金属の扱いがとてつもなく難しいからだ。
最初はジュエリー、そしてルツボの生産へ
“普通の企業”が手を出さないニッチに進出
そもそもイリジウムとは、「水兵リーベ僕の船……」でおなじみの周期表でいう「原子番号77」に当たるレアメタルで、調達からして難しい。しかも、融点は2454度と超高温。酸にもアルカリにも強く、金やプラチナなら溶ける王水(濃塩酸と濃硝酸を混ぜた液体)に入れても溶けることがない。
フルヤ金属は、このイリジウムの精製、加工に約40年をささげてきた。実は、1968年の設立当時は、金やプラチナの地金の販売などを行う一貴金属企業にすぎなかった。しかし、貴金属業界のライバルには江戸時代に幕府の命を受けて金銀の改鋳事業を始めた徳力本店や、明治時代に両替商として創業した田中貴金属工業など、由緒正しき老舗企業が並んでいた。
これでは将来性がないと、現社長の古屋堯民氏が始めたのが工業用の貴金属事業であり、その主力の一つに据えたのが、“普通の会社”が持て余してきたイリジウムの加工だった。
まず花開いたのはイリジウムのルツボである。ちょっとやそっとの熱では溶けず、薬品にも強いイリジウムは、裏を返せば、他の物質を溶かしたり、高温にしたりする容器にはうってつけなのだ。
いったい、そんなに丈夫な容器が何に必要なのかといえば、意外になくてはならないものに使われている。例えば、必要な周波数の電波だけを送受信し、ノイズの原因となる不要な周波数をカットするスマートフォンの主要デバイス「弾性表面波(SAW)フィルター」を作るための結晶(リチウムタンタレート)の育成に欠かせない。
イリジウムは1g当たり実に5000円もする高価な金属だが、ルツボは過酷な環境下で使われるため、1~2年もするとぼろぼろになる。フルヤ金属はひしゃげたり、摩耗したりした顧客のルツボを預かり、1ヵ月~1ヵ月半という短期間で新品同様によみがえらせる技術も確立している。こうして国産初のイリジウムルツボの開発を成功させてから38年で、「結晶育成用イリジウムルツボ」において世界シェア7割を占めるまでになった。
そして――。7~8年ほど前から、ルツボと並んでフルヤ金属を潤わせるようになったイリジウム製品が、冒頭の有機ELの燐光材向け1次材料だ。