その高校で教わった「ラグビーのコンテンツ力」についてお話ししましょう。そもそもラグビーは大英帝国のスポーツです。強豪チームがニュージーランド、ウェールズ、アイルランド、イングランド、南アフリカ、オーストラリア、スコットランドといった顔ぶれになるのは、それらの国すべてが旧イギリス連邦に属していたからです。

 ここで重要なことは、ラグビーは大英帝国発祥のスポーツであると同時に、ジェントルマンのスポーツであることです。もともとはジェントルマンの子弟が通うラグビー校で始まったスポーツで、その伝統はイートン校やオックスフォード大学といったジェントルマンの教育機関で育まれていきます。

 それが、みなさんがラグビーの試合で目にするジェントルマンシップの魅力を生んでいるのです。わかりやすいシーンでいえば、試合が終了すればそこでノーサイド、つまり敵も味方もなくなり仲間になる。ユニフォームを交換しあってお互いの健闘を心から称え合う。そのすがすがしさが大きな魅力です。

 ちなみにほとんどのスポーツでは、そうはいってもプレイ内容に関係した両チームの確執が起きるものですが、ラグビーではそれを水に流すケースが比較的多いです。その理由はビールにあるといわれます。ラグビー選手もラグビーファンも、とにかくビールをよく飲む。それで確執などどうでもよくなってしまう――。このビールもジェントルマンの伝統です。

ラグビー人気を世界に
広めた「本当の原動力」

 もう1つ、ジェントルマンらしいのが、審判のレフェリングがオープンになっていることです。審判がなぜそのような判断を下したのか、現在では音声マイクを通じて関係者が聞くことができるのですが、これだけ説明責任を重視して運用しているのは、ジェントルマンという伝統文化があってこそです。しかも誤審があったら、審判が「アイム・ソーリー」と両チームのキャプテンに謝ったりする。この様子を見ていると、野球やサッカーが文化的に遅れた競技に見えてしまうほどです。

 このように、コンテンツとしては世界を熱狂させるだけの力を持つラグビーですが、「では、ちょっと見てみようか」と思ってテレビをつけると目に入るのが、体格的にどうしても劣って見えがちな日本人が意外と健闘しているその姿です。