「仕事は盗んで覚えろ」はイノベーションを生まない
日本には「仕事は盗んで覚えろ」という言いかたがある。
僕も臨床医をしていた頃には先輩や上司からよく言われた。仕事のやりかたをきちんと言語化して教えるのではなく、先達のすることを見よう見まねでやりながら時間をかけて会得していく。そういう場では、言葉による積極的なやりとりは生まれにくい。一部の本当に優秀な人は盗み続けたすえに、新しいことを達成するかもしれないが、その陰には何も教えられないために自信を失ってしまう若い人たちがたくさんいる。
こういうシステムは、伸びしろのある若い人をディスカレッジし、やる気を削ぐ結果を生むだろう。目に見える言葉や態度を通して若い人を育てようとしない制度は才能を無駄にしてしまうし、結果として、イノベーションの機会を損なってしまう。
僕は普段から自分のまわりをエンカレッジするよう心がけている。職場のシステム自体を整えることも大切だが、まずは日常的なコミュニケーションを通じてやる気を高めていくことが欠かせない。
具体的には、自分の会社〈アキュセラ〉のスタッフに対しても、今年で9歳と12歳になる息子たちに対しても、何かに挑戦しようとしていれば、必ず声に出して「おもしろいことをやっているね」「いいね!」と言うようにしている。失敗に終わることもあるけれど、「挑戦する」というプロセスをともかく大切にするわけだ。
たとえ特別なことをしていなくてもいい。「何もしない」という決断に対してさえ、それが意識的に選択された結果なら、僕はためらうことなく背中を押す。まわりに流されるのではなく主体性を持って生きてほしいし、一人ひとりの生きかたがイノベーティブな社会に直結していくのだから。
大事なのは、人と違うことをする「リスク」を奨励し、人と同じことをしようとするインセンティブを弱めていくことだ。そうすることで、徐々にイノベーションの芽が育ちやすい環境が生まれる。日々の本当に地道な心配りからすべてははじまるのだ。