ここなら、どなたを誘っても文句が出ないでしょう。時代の先端を走っている、「特上・手打ち蕎麦屋」をたっぷりとお見せします。

 難解な現代の空気を読みきった亭主たちのストラテジーと店づくり、あなたがまだ体験したことのない蕎麦と蕎麦料理。人を呼ぶ、そのオーラの暖簾をくぐってみませんか。

 自然を慈しむ人には、自然もご褒美をくれるのです。生まれた土地を愛し、店主自ら畑に入る蕎麦屋が丹沢の緑深い山間にあります。

 現代のスピードに反比例するような、ゆったりとした時間が、ここには流れています。自然は、大らかなオーラを「くりはら」に与えたようです。

(1)店のオーラ
自然から大きな力をもらう

 僕が栗原さんと会ったのは、ある蕎麦の会でした。蕎麦屋さんと蕎麦好きが7人ほど集まって、千葉の名店の蕎麦を手繰(たぐ)ろう、というものでした。「くりはら」の亭主、栗原さんはその中で比較的物静かで、しっかり地面をつかまえて歩いているような、どっしりとした人に思えました。

 その時の皆さんの話で、栗原さんの店は風雅で佇まいがよいと聞き、いつか行ってみたいと思っていました。

 初めて訪ねる「くりはら」は、美しい山に向かう、川沿いの道並びにありました。古民家を使った建物で、蕎麦会で皆さんが誉め称えていた通り、壮大でどこか懐かしい店構えでした。

 「あるものをなるべく生かしたかったのです」

 栗原さんが語りだしました。

 店は祖父母が住んでおられた家屋を、余り手を入れず、古いところを生かしながら改造されたそうです。

侘びのある渡りは、ここまで来たかいがあったと思う景観。庭の手入れは、酒屋を営むお父さんが、毎日のように手入れします。

 「開店するまでに2年ほど掛けました」

 その栗原さんの言葉に、正直、僕は驚きました。

 開店までの間、栗原さんは4店ほど蕎麦修業や見習いを経験しつつ、同時に店舗改装を自ら行なっていたとのこと。蕎麦づくりの技術を高めながら、2年間じっくりと蕎麦屋を開く心構えを蓄えていたようです。

 随分、気が長いように思えるのですが、それが、栗原さんのペースであり、生き方なのでしょう。

 「蕎麦畑から、人生の豊かさを学んだ気がします」

 栗原さんが、蕎麦に目覚めるまでの経緯を語ってくれました。

 海外放浪の旅を通して、日本の良さに改めて気付き、さらには体によい農作物や、生活を豊かにしてくれる陶芸などに心惹かれていったそうです。

 休耕田で黒米を育て、何かを模索していた頃、ふと、蕎麦教室に通い、自分の打った蕎麦の美味しさに、心を奪われました。ついにはその畑で蕎麦の実を撒き、初めて収穫した粉で蕎麦を打ち、何かが弾けたのだそうです。

 祖父母の空き古民家、休耕田、黒米、蕎麦……。

 栗原さんの心のなかで、パズルが1ミリの狂いもなく組み合わさって、蕎麦屋への熱い思いが膨らみました。