東日本大震災でも引き合いに出された『失敗の本質』

 未曽有の危機こそ『失敗の本質』の示唆は輝きを増します。

 マグニチュード9.0、日本観測史上で最大の地震。2011年3月、宮城県沖を震源地とする、東北地方太平洋沖地震は死者・行方不明者あわせて2万人近くの犠牲者を記録しました。

 日本を震撼させた大震災をきっかけにして、水面下で抱えてきた多くの社会問題、経済の課題、国民生活や政治組織の問題が一気に噴出していると、私たち日本人は感じているのではないでしょうか。「第三の敗戦」とは、作家としても有名な堺屋太一氏が、下り坂の20年の末にきた東日本大震災を表現した言葉です。第一の敗戦は幕末、第二の敗戦は太平洋戦争(大東亜戦争)なのだそうです。

 大戦後の焼け野原の時代以降、日本は経済的発展を遂げ、世界に冠たるモノづくり大国として企業と製品の認知度を国際的に高めてきました。

 繁栄のあと、経済の長い沈滞に追い打ちをかけるように起きた大震災を「戦後時代の終わり」と位置づけている日本人も多いはずです。

 大震災の直後、日本政府首脳陣の度重なる判断ミスを、複数の識者が『失敗の本質』を引き合いに出して検証した事例もありました。

 70年前の日本軍が抱えていた多くの問題や組織の病根と、現代の私たちが直面している新たな問題。両者に「隠れた共通の構造」があることを見抜いている方も決して少なくないと思います。

日本人は危機的状況に弱いのか?

 1984年に初版が発売された『失敗の本質』には、まるで現代日本の危機への弱さを予言するかのような鋭い記述があります。

「しかし、将来、危機的状況に迫られた場合、日本軍に集中的に表現された組織原理によって生き残ることができるかどうかは、大いに疑問となるところであろう。日本軍の組織原理を無批判に導入した現代日本の組織一般が、平時的状況のもとでは有効かつ順調に機能しえたとしても、危機が生じたときは、大東亜戦争で日本軍が露呈した組織的欠陥を再び表面化させないという保証はない」(『失敗の本質』序章より)

 想定外の変化、突然の危機的状況への日本組織の脆弱さをズバリ指摘する言葉です。

 残念なことに私たちは、先の指摘をまさに連想させるような日本企業の失敗を新聞や経済誌で幾度も目にしている現状を認めざるを得ません。

 最前線が抱える問題の深刻さを中央本部が正しく認識できず、「上から」の権威を振り回し最善策を検討しない。部署間の利害関係や責任問題の誤魔化しが優先され、変革を行うリーダーが不在。『失敗の本質』で描かれた日本組織の病根は、いまだ完治していないと皆さんも感じないでしょうか。