センスメイキングだけでなく、リーダーシップ研修でよく紹介されるオットー・シャーマーのU理論(※5)も、SECIモデルと関係があるようですね。
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野中:シャーマーとは、マッキンゼー・アンド・カンパニーとピーター・センゲ(※6)の呼びかけで、ボストンで一緒に共同研究をしました。シャーマーは禅仏教に関心があったので、来日した時には禅寺に連れて行ったりしました。そんな経緯もあって、U理論には当時の僕の論文がすべてリファレンスに挙がっています。原著には「野中に世話になった」と書かれていましたが、日本語の翻訳書はそこが全部カットされていたので、我々の関係はあまり知られていません。
組織的なイノベーションの説明には、よくセンゲやシャーマーの理論が用いられますが、これらは本当の意味で理論になり切れていない気がします。
入山:たしかにU理論は、「U」であって「一周しない」ところが、SECIとの違いですね。そもそもU理論は、学術の世界では理論というより実務家向けのフレームワークととらえられています。それを学術的に精緻にとらえようとすると、SECIと近くなるはずです。
野中:入山さんの本は、理論とフレームを分けて、経営学の方法論として章を構成しているところが面白いですね。これは入山さんのイノベーションだと思います。
理論には、人間に関する仮説とフレームワークという2つの側面があります。その意味では、マイケル・ポーターの理論は明確ですが、デビッド・J・ティースなどの言うダイナミック・ケイパビリティやオープンイノベーションは理論としては発展途上です。
SECIモデルと
ナレッジ・ベースト・ビューの
知られざる関係
入山先生の本で、ポーター vs. バーニー論争などに触れていますが、SECI理論の発表時にも研究者間の競争やライバル関係はあったのでしょうか。
野中:ナレッジ・ベーストの提唱者であるブルース・コグートとウド・ザンダーとは、少し秘話があります。
ある時、ストックホルムのスクール・オブ・エコノミクスのグンナー・ヘドランドから声をかけられてプロジェクトに参加したのです。集まったメンバーは、INSEADのイブ・ドーズ、ミシガン大学のC・K・プラハラード、ロンドン・スクール・オブ・ビジネスのスマントラ・ゴシャール、マサチューセッツ工科大学のエレノア・ウェストニーとブルース・コグート。みんなでワイワイやりながら、お互いに親しくなりました。結局、プロジェクトとしては何も出なかったのですが、私としては非常に刺激を受けましたね。
入山:すごいメンバーですね。
野中:当時、コグートとザンダーのボスがヘドランドでした。それでストックホルムに滞在中に、ヘドランドから彼らのワーキングペーパーのことをちらっと聞いたのです。私はすでに日本で知識創造理論を完成させていたのですが、英語で発表していなかったので、先を越されたら危ないなと思いました。帰国後すぐに、著書のエッセンスをまとめていた論文を『ハーバード・ビジネス・レビュー』(HBR)誌に送ったのです(※7)。
入山:野中さんの論文がHBR誌に出たのが1991年。コグートとザンダーの論文が『オーガニゼーション・サイエンス』誌に載ったのが1992年ですから、危なかったですね。
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野中:そうです。だから、彼らには「野中が盗んだのではないか」という思いがあるんですね。冗談じゃない。こっちは日本で書いているのに。とはいえ、やはり熾烈な競争だと感じましたね。入山さんの本に「ナレッジ・ベーストは一章を設けない。あれはリソース・ベーストをナレッジに変えただけだ」と書いてあったのは、嬉しかったですね。
入山:私は本当にそう思っていますし、海外の経営学でもそういう批判はあります。ナレッジ・ベーストはわかりやすいのですが、ナレッジを生み出すダイナミックなプロセスは書かれていませんから。
野中:入山さんの本を読んでいると、私が歩んできたヒストリーや生きてきた苦しみなど、ひしひしと迫って来るものがあります。