学者もビジネスパーソンも独自の理論やモデルを構築すべき

世界標準という観点では、日本の経営理論の発展について、どうご覧になっていますか。

野中:私が米国から帰国して、組織学会で、博士論文の「組織と市場」などについて発表した時に、今後はこうしたサイエンティフィックな実証研究ベースの方向性だと、賛同してくれたのが、加護野忠男(神戸大学特命教授)と奥村昭博(静岡県立大学特任教授)でした。当時の経営学会は解釈学中心のドイツ経営学が主流でしたから、徹底的に批判されました。

 ところが、その後何が起こったかというと、米国一辺倒になりすぎたのです。ROE(自己資本利益率)もSDGs(持続可能な開発目標)もやめてよ、という感じがしますね。

 その意味で言うと、入山さんの本は「それでいいのか。もう一度、自分たちで理論構築をやらないか」と問うものです。これを読めば、研究者は自分で理論やモデルをつくろうというやる気が出るはずです。

入山:はい、日本の若い学者の卵や大学院生には、『世界標準の経営理論』をぜひ読んでほしいと思っています。日本には興味深いビジネス事象が豊富なので、それをうまく抽象化して、理論やモデルをつくってもらいたいですね。

野中:もう一つのキーポイントが、入山さんの本はビジネスパーソンに読まれていることです。執筆中に勉強会をされたことが効いているのではないですか。

入山:効いていますね。ただ、勉強会でやっていることはすごくシンプルで、参加者は何章かを読んできて、理論に照らして自分の会社の現状や、今後どうすべきかなどを熱く議論するだけです。でもサラリーマン、中小企業の経営者、大企業の役員、学生、ベンチャーの人など、多様な人が集まってひたすら議論するのですが、本当にSECIモデルのような場になっていて、日本人は捨てたものではないと感じます。

 ビジネスパーソンは、豊富な経験はあるのですが、ふだんは忙しくて野中さんの提唱する「知的コンバット」をしていないのです。だから自分なりの言語で形式知化できていません。この勉強会はまさに知的コンバットの場です。このように自分の望むビジネスのあり方について腹落ちした形式知を生み出す機会が、日本全体で足りていないと思うのです。

野中:本当にそうですね。種があり、コンセプト、フレームワーク、セオリーといった能力が潜在的にあっても、世の中にはハウツー本ばかり。それよりも、背後にある人間の生き方や仮説を問うところから入るべきです。私たちがビジネスパーソンだった頃は、どうやって米国を倒すかという問題意識がありました。だから、米国の大学に行ったわけです。入山さんも同じだと思いますが。いまは、日本をどうしたいのかという危機意識があまりないように思いますね。

※後編は5月9日公開予定。

(※1) 「ナレッジ・ベースト・ビュー」(knowledge-based view, KBV)。米コロンビア大学教授ブルース・コグートと、ストックホルム・スクール・オブ・エコノミクスのウド・ザンダーが提唱。

(※2) 野中郁次郎、山口一郎『直観の経営――「共感の哲学」で読み解く動態経営論』KADOKAWA、2019年。

(※3) ミシガン大学の組織心理学者。センスメイキング理論を生み出し、発展させてきた中心人物。

(※4) エトムント・フッサール(1859~1938年)が提唱した「現象学」はマルティン・ハイデガー、ジャン=ポール・サルトルらの後継者を生み出し、20世紀哲学に大きな影響を与えた。

(※5) C.オットー・シャーマー『U理論――過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術』英治出版、2010年(第2版2017年)。

(※6) マサチューセッツ工科大学(MIT)スローンスクール組織学習センター責任者。クリス・アージリスとドナルド・シェーンが提唱した「学習する組織」を世に広めた。

(※7) Ikujiro Nonaka, "The Knowledge₋Creating Company," HBR, November₋December 1991.(邦訳初出「ナレッジ・クリエイティング・カンパニー」DHB1992年3月号)