(Photo:Bunpei Kimura)

歴史に刻まれる錚々たる学者たちと丁々発止の交流があった野中郁次郎教授。昨今話題の「アジャイル・スクラム」も、そのベースはSECIモデルにあった。入山章栄教授も、その流れはいまに生きていると指摘し、著書『世界標準の経営理論』のなかでも、「この途方もない理論を野中教授が30年以上も前に生み出していることに、最高の敬意と畏怖と戦慄を覚える」と記している。AI時代の我々の生き方に回答をくれる、知的希望にあふれる対談、後編をお届けする。(構成:渡部典子/編集部、写真:木村文平)
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入山章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授
慶應義塾大学経済学部卒業、三菱総合研究所で調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。Strategic Management Journalなど国際的な主要経営学術誌に論文を発表している。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版、2012年)、『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社、2015年)。最新刊に、『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』誌の連載をベースに、世界の主要経営理論30を完全網羅した史上初の解説書、『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社、2019年)がある。
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形式論理ではなく
知をつくる作法を学ぶ必要がある

編集部:勉強会の反応などから、特にビジネスパーソンに役立つと感じた経営理論はありますか。

入山:私の中では、日本や世界が根底で抱える問題やこれからの人類に必要な三大理論は「知の探索と知の深化」「カール・ワイクのセンスメイキング」「野中さんのSECIモデル」だと勝手に確信しています。この3つを日本中のビジネスパーソンに完全に理解してもらえれば、日本はよくなるはずだと。この3つを抜き出して一冊の本にして、日本中に普及させるといいかもしれません (笑)。

野中:それはぜひやってほしいですね。ジェームズ・マーチ(※1)は探索と深化で両利き(ambidextrous)とまでは言ったのですが、残念ながら、必ずしもイノベーションに直結していません。意味づけ、価値づけのプロセスを概念化してダイナミックバランスを理論化すれば、いま、日本企業がぶつかっている問題とも一致するところがあると思います。

入山:実際に日本でイノベーションを起こしたい方々と交流していると、マーチ的な考え方は少しずつ浸透してきているのですが、それだけでは限界もある。それで何をやっているかというと、あるところが主催している幹部研修では、モンゴルの雪原に行って、自分とは何者なのかと裸一貫になって熱く話し合ったりしています。

 日本にいると快適なので、危機感がありません。だから、氷点下30度の雪原で死にかけるような思いをして、初めて本質や本源に迫れる。実は私も参加してきまして、そこで驚いたのは、有名企業幹部の中ですら、暗黙知を持っていても形式知化できておらず、自分の生き様をうまく語れない方がいらっしゃるということです。

 バブル崩壊後、20~30年して、SECIモデルが本質的に提示していたものを多くの企業が十分にとらまえ切れなくなっている。そこに気づいて、本質に立ち返ろうとした動きが出始めているのだと、私は理解しています。

野中郁次郎(のなか・いくじろう)
一橋大学名誉教授
カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクール ゼロックス名誉ファカルティ・スカラー

早稲田大学政治経済学部卒業。カリフォルニア大学バークレー校にて経営学博士号(Ph. D)を取得。2002年紫綬褒章、2010年瑞宝中綬章受章。著作に、『組織と市場』(千倉書房、1974年/第17回日経・経済図書文化賞受賞)、『企業進化論』(日本経済新聞社、1985年)、『アメリカ海兵隊』(中公新書、1995年)、『知的機動力の本質』(中央公論新社、2017年)が、また主要な共著に、『失敗の本質』(ダイヤモンド社、1984年)、The Knowledge-Creating Company: How Japanese Companies Create the Dynamics of Innovation, Oxford University Press, 1995.(邦訳『知識創造企業』東洋経済新報社、1996年)、『知識創造の方法論』(東洋経済新報社、2003年)、『流れを経営する』(東洋経済新報社、2010年)、『国家経営の本質』(日本経済新聞出版社、2014年)、『史上最大の決断』(ダイヤモンド社、2014年)、『全員経営』(東洋経済新報社、2015年)、『直観の経営』(KADOKAWA、2019年)、The Wise Company: How Companies Create Continuous Innovation, Oxford University Press, 2019.など多数。 2017年11月、カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクールより、史上5人目、学術研究者としては初めてとなるLifetime Achievement Award(生涯功労賞)を授与される。
Photo by Bunpei Kimura

野中:私が行っている「ナレッジフォーラム」は、30社から経営幹部候補が集まり、月1回ずつ14カ月かけて、リベラルアーツからマネジメントまで、いろいろなセオリーを学んだ後で、最後に理論モデルをつくるという課題を出しています。というのも、コンセプトや理論をつくってみる場がほとんどないからです。

 最後の課題はチームで行いますが、会社の違う人たちが集まるので、葛藤が起こるわけです。ブレインストーミングやデザインマネジメントといった形式論理だけでアイデアを出し合う方法は、楽しいけれども、何も出てきません。全身全霊で向き合った知的コンバットはそれとは違う、自分を超える楽しさがあるのです。

入山:おっしゃる通り、日本では座学の研修が多いですが、それよりも、集まって熱く議論して、そこからモデル的なものを生み出す作業が必要です。これが一番足りていませんね。

野中:ナレッジフォーラムではプログラムの後半に、チームごとにパワーポイントで発表しますが、さらにその後で3カ月かけて、ロジカルに整理して文章化してもらいます。一番苦労するのがこの最後の3カ月間で、本質を言語化する「書く」というプロセスを通じて、暗黙知の深層から思いも寄らない発想のヒラメキが生まれるんです。こうしたトレーニングで、知の方法論をビジネスパーソンが身につけたら、ものすごいパワーが出ると思いますし、日本企業が大きく変わると思いますね。

入山:日本企業に勢いがあった時代には、ソニーの井深大と盛田昭夫、ホンダの本田宗一郎と藤沢武夫のように、複数の人間が集まって死ぬ気で議論していたはずです。私は漫画が好きなのですが、『週刊少年ジャンプ』でヒットした「Dr.スランプ」や「ドラゴンボール」の作者の鳥山明さんは、それまで1回も漫画を描いたことがなかったと言います。鳥嶋和彦さんという伝説の編集者と一緒に1年間、死ぬ気で議論し、さんざんボツを出し合った後に生まれたのが「Dr.スランプ」です。昔のほうが、そういう知的コンバットや熱い思いを持った方がどの世界も多かったのかもしれません。

野中:戦後は、日本が蓄積してきた暗黙知を形式知化する作法を教えることよりも、まずみんなで集まって議論してきたのでしょう。トヨタ自動車の「アンドン」は、日々の中で問題が起こると、アンドンをつけて、みんながさっと寄ってきて、問題の本質を洞察し、知恵を出して迅速に解決してしまう。「カイゼン」も、最近はPDCAの話になっていますが、みんなで考えろという話が根幹にあったと思います。

 最近面白かったのが、社会学者の佐藤郁哉先生(同志社大学教授)の指摘です。日本の学校教育の劣化の原因は「PdCa」にある。PとCは大文字で残りは小文字。つまり、計画のための計画と問題先送りのチェック、つまり絵空事とマイクロマネジメントばかりで、doとactionが弱いからだというのです。PDCAの問題点は、効率以上のものは何も出てこないことですね。

 元セブン&アイ・ホールディングス会長の鈴木敏文さんも、PDCAではなく、仮説検証だと言っています。セブン&アイは、マーチャンダイザー、メーカー、店舗などのステークホルダーとたえず対話しながら開発しています。互いに葛藤し合う中で、議論をしてエゴイズムを乗り越えた時に、ものすごく団結し、成功するものが出てくる。そういう集合的な価値づくりの仕掛けを組織のプラクティスにしているのです。