その理由はカカオの「産地」と「歴史」を知ることで分かる。特に重要な視点は、16世紀から20世紀まで続いた「ヨーロッパ諸国による新世界の植民地化」だ。

 カカオの生産は非常に難しい。

(1)年間平均気温が27度
(2)年間を通じて気温差が小さい
(3)年間降水量は最低でも1000ミリメートル以上
(4)高度30~300メートル
(5)風よけや日よけのための樹木がある

 以上の5つの厳しい生育条件が必要である。

 これに該当するのは、赤道を挟んで北緯20度から南緯20度、通称「カカオベルト」上の、中南米、西アフリカ、東南アジアの一部の高温多湿地帯だけだ。

溶ける、習慣がない、高級…
生産者がチョコを食べる機会は少ない

 高温多湿地帯ではチョコレートは溶けてしまうので現地では消費されない。生産されたカカオ豆はそのまま麻袋に詰められて輸出される。そのため最終的にどのような製品になるか知らない生産者が多い。

 カカオの生産量が圧倒的に多いのはコートジボワールとガーナである。世界の総生産量の約6割をこの2国が担う。カカオの原産地とされる中米の一部では今もチョコレートを飲む文化が残るが、生産を目的としてカカオがもたらされた西アフリカにはそうした文化はない。生産者が高級嗜好品であるチョコレートを口にする機会はめったにないのだ。

世界のチョコレート市場は
南北問題の上に成り立っている

 一方、チョコレートの年間消費量が最も多いのはドイツである(約92万トン)。板チョコ1枚50グラムとした場合、ドイツ人は1年で1人約220枚食べている。1人当たり消費量では、ドイツのほかにスイスやイギリス、ベルギー等のヨーロッパ勢が抜きんでている。ちなみに日本全体の年間消費量は世界3位ではあるが、1人当たりの消費量はドイツ人の5分の1にとどまる。

 カカオは19世紀前半に中米から西アフリカへ移植された。コートジボワールとガーナは20世紀まで欧州国家の植民地だった。生産国と消費国を対比させると、チョコレート市場の構造は、ヨーロッパ諸国による新世界の植民地化の歴史の上に成り立っていることが分かるだろう。

 カカオ農家は今、五つの難局に直面する。

(1)生産地の異常気象や不安定な天候
(2)カカオの樹の高齢化による収穫量低下
(3)栽培技術が共有・継承されていない
(4)生産量が予測困難のため収入が不安定
(5)農家の高齢化と跡取りの不在

 これらの問題が複雑に絡み合う。

 実はカカオの相場は今年に入ってから急騰している。西アフリカでは高温や雨不足の天候不順が続いており、今後のカカオの収穫量減少の懸念が高まっているのだ。

 また、コートジボワールとガーナは昨年夏、カカオの国際会議において、カカオ農家の貧困対策や持続可能なカカオ生産のため、カカオ豆1トン当たり400ドルを上限とした価格の上乗せを買い付け業者に課すことを決定。このことも価格を押し上げる要因となった。2020年2月には約3年ぶりの高値圏で推移。製菓メーカーなどがチョコレート製品を値上げする可能性が強まっていた。

 しかしコロナショックで国際的には需要減が起こると想定されたのか、カカオの価格は急落。ただでさえ生産が不安定なのに、その上、価格が下がるとなれば、「カカオ農家から離れる人も増えるだろう」(カカオのバイヤー)。

 世界中でチョコレートの需要が高まる一方で、カカオ農家はギリギリの状態が続いているのである。

Key Visual by Noriyo Shinoda, Graphic by Tatsuya Hanamoto