今年5月、黒人男性が白人警官に首を押さえつけられ死亡した事件をきっかけに米国では人種差別に抗議する運動(BLM)が広がっている。人種間の差別や偏見は今なお大きな社会問題だ。
ビジネスエリートが激動の時代を生き抜くヒントを世界情勢、宗教、哲学などに学ぶ月1回の特別講義シリーズ。第4回は、シェイクスピア作『オセロ』から多様な社会のあり方について考察する。(神戸情報大学院大学教授/国際教養作家・ファシリテーター 山中俊之)
シェイクスピアの四大悲劇の一つ『オセロ』。当時のヨーロッパにおける文学作品としては、珍しくアフリカ大陸出身のムーア人が主人公である。
『オセロ』の初上演は、1604年にロンドンのホワイトホール宮殿で行われた。アフリカ出身のムーア人が主人公である演劇に多くの上流階級出身者が心を奪われたことであろう。
初上演から400年経過した21世紀の世界。人種差別克服がなお大きな課題である現代社会において、『オセロ』をはじめとした文学作品や演劇に改めて学ぶことは多いのではないだろうか。
演劇・映画の世界で
長く続いた人種差別
映画や演劇の世界も、人種差別と無縁ではない。黒人俳優は、役柄が限られることも多かった。また、米国アカデミー賞においては、黒人が受賞することは多くなかった。
初めてアカデミー賞オスカーである助演女優賞を受賞した黒人俳優は、1940年のハティ・マクダニエル(Hattie McDaniel)である。『風と共に去りぬ』での主人公スカーレットの乳母役と言われれば覚えておられる人も多いのではないか。
しかし、栄えあるアカデミー賞でオスカーを得るという栄誉に浴したにもかかわらず、アカデミー賞授賞式の当時のホテルは「黒人お断り」であった。現在の感覚からは驚くべきことに、当時は黒人というだけで建物に入ることすらできないホテルが多数あったのだ。
そのため、ハティ・マクダニエルは、授賞式もパーティ―にも参加できず、オスカー像を置くために裏部屋に入ることを許されただけであった。
80年も前とはいえ、容易には信じられない。根強い差別、偏見がアカデミー賞授賞式という米国文化を象徴する場で残っていた。
もっとも、現在では、『風と共に去りぬ』の作品自体が黒人差別的との声も上がっている。今年6月には、同作の動画配信を停止する会社も現れた。「白人に奉仕するだけで満足する黒人」といったステレオタイプ的な描かれ方や、奴隷制の厳しさが描かれないことに対して批判が高まったからだ。
黒人俳優のオスカー授賞も、増えてきたものの十分ではない。
2016年には、俳優部門において非白人が1人もノミネートされなかったことでアカデミー賞が強く批判された。「#OscarSoWhite」(アカデミー賞はあまりに白人中心)といったハッシュタグが生まれたほどだ。その後、アカデミー賞は審査員における女性や非白人比重を増やすことを決定した。
2020年の今も、映画の世界における人種の多様性は大きなテーマである。