『週刊ダイヤモンド』12月12日号の第一特集は「NTT帝国の逆襲」です。澤田純・NTT社長が就任した2018年6月以降、矢継ぎ早に大胆な手が打たれている。海外事業の再編や持ち株会社によるNTTドコモの完全子会社化など、グループが“再結集”する動きが加速しているのだ。長らく国内競争に安住し、独占排除としか向き合ってこなかったNTTがグローバルで太刀打ちできる企業体となるには大きな壁が立ちはだかっている。デジタル貧国の覇者、NTTの逆襲が始まった。

150年前の電話の始まり以来の大改革
「グループ再結集」を仕掛ける澤田社長の正体

 グループ内で分散していた海外事業の再編、NTT(持ち株)によるNTTドコモの子会社化、稼げる研究所への変革──。

 2018年6月に就任して以降、澤田純・社長は矢継ぎ早に大胆な方策に打って出ている。長らく国内競争に安住してきたNTTが、グローバルで太刀打ちできる企業体となるために“グループ再結集”の動きを見せている。

 澤田社長の改革について、複数の幹部が「電話の150年の歴史が始まって以来のゲームチェンジ」と表現する。1869年(明治2)年に東京─横浜間で公衆電信線の架設工事に着手したことが、日本の電話の始まりとされている。

 1985年の電電公社の民営化、99年の持ち株会社発足の後も、「強いNTT」の独占を許さないという政府のスタンスの下、再編分割論議が繰り返されてきた。経営の意思とは関係なく、遠心力の経営を進めざるを得なかったNTTにとって、今回のグループ再結集の動き、つまり求心力を高める経営へのシフトはまさしく悲願である。

 澤田社長が、歴代のNTT経営陣ではなし得なかった大願を成就させることができたのはなぜなのか。

ビジョナリーであり実務家
「大胆さ」と「繊細さ」を併せ持つ経営者

 NTT幹部に、澤田社長の“人となり”や経営手法についてたずねると「とにかくせっかちである」と異口同音に答える。

 澤田社長の懐刀である井伊基之・NTTドコモ社長が「即断即決。とにかく意思決定が速い。彼はビジョナリー、将来を先読みしてビジョンを考える人。そして、ビジョンを描いて終わりではなくて、課題の進捗を逐一チェックまでしている」と言う。

 栗山浩樹・NTTコミュニケーションズ(コム)副社長の澤田評はこうだ。「澤田さんのリーダーシップの原点はコム時代にある。NTTグループほどにはしがらみやレガシーのないコムで、通信と情報システムという二大事業と新規事業を経験しており、(組織やプロセスといった)実務面でどう動かせばビジョンを実現できるのかとい経験値もある」。

 また「経営者はせっかちじゃないと何も変えられない。『俺の言っていることは響いているか?』と常に周囲に確認し続けられるだけの強靱な精神力が澤田さんにはある」と続ける。

 ビジョナリーであり実務家──。経営幹部らの発言からは、ビジョンを描く「大胆さ」と、それを達成するために緻密なアプローチ法を設ける「繊細さ」が同居した経営者像が浮かび上がる。

NTTの課題の数はなんと140項目!
澤田社長が独りで意思決定を下す

大胆さと繊細さを併せ持つ“独裁者”。澤田社長がしたためた課題のリストは140項目にも及んだ

 澤田社長は、持ち株の副社長時代から「ToDoリスト」のような課題やミッションを書き溜めていて、その数は140項目にも及んでいたという。

 澤田社長自身は「携帯も固定も国内市場が飽和してくるので、事業のポートフォリオや経営資源の配分を変えないといけないという危機感が根底にあった。通信分野だけじゃなくて、電力や不動産、医療などICTが絡むところは全方位で課題を棚卸しした」と振り返る。

 この140項目リストは、就任直後の中期経営計画で掲げた10項目(企業連携を進めるB2B2Xモデルの推進、グローバル事業の競争力強化など)のひな型となり、その後、新サービスの展開、DX(デジタル・トランフォーメーション)、研究開発、新規事業の四つにさらに集約されている。

 では澤田社長は、従業員32万人の巨大組織をいかに動かして課題を解消していっているのか。

 複数のNTT幹部が「大きな意思決定は澤田さんが独りで下している」と口をそろえるように、澤田社長は自身の知恵袋となる“戦略チーム”を社内に設けているわけではない。そういう意味では、歴とした独裁者である。

 おびただしい数の課題やプロジェクトの進捗は全て、澤田社長の「頭の中」にあるのだ。

 澤田社長が大局を見失うことなく大きな決断をできる秘密は、社内の「幹部登用術」と社外に張り巡らせた「華麗なる人脈」がある。

コム人材の重用と
「華麗なる人脈」が澤田社長の武器

 まず、社内の幹部登用術についてだ。戦略チームこそないが、優先順位の高い課題を仕切る要職には、澤田社長の出身母体であるコムの人材が配置されている。

 あるNTT中堅幹部は「巨大組織を動かすには、素性の分からないホームランバッター9人をそろえるよりも、気心の知れた『3割打者』で打順を組んだ方が得策だ」と言う。

 その言葉通り、澤田社長が「ドコモコムコム(ドコモ、コム、NTTコムウェア)の融合」「グローバル再挑戦」「R&D改革」を進める責任者には、コム人材が重用されている。

 まず、前述した井伊社長がその典型例だ。持ち株の若手の執行役員である岡敦子氏(技術企画部門長)、尾﨑英明氏(グローバルビジネス推進室長)、工藤晶子氏(広報室長、事業企画室次長)、谷山賢氏(経営企画部門長)は全てコム人材だ。

 それ以外でも、グローバル戦略を担う中核メンバーはコム人材だ。澤田社長がコム時代に一緒に汗をかいたメンバーが明らかに重用されている。

 また、澤田社長の社外の人的ネットワークは恐ろしく広い。「華麗なる人脈」とも言えるものだ。

 NTTは将来的にICTの世界標準を握る“切り札”として「IOWN(アイオン。Innovative Optical and Wireless Network)構想」を掲げている。IOWNとはネットワークの技術基盤を丸ごと変えてしまう構想のこと。現在のITは、電子で情報を伝送・処理するのが基本だが、さらにスピードを上げると発熱と電気使用量の増大という壁に直面してしまう。一方、IOWNは、光で情報をやりとりすること(正確には光と電子を合わせた光電融合)によってこの壁を越え、低消費電力、大容量、低遅延の伝送を実現しようというものだ。

 そして、このIOWN構想には、次世代のプロセッサー開発に興味を持つ米インテル、リアルで没入感のあるゲーム開発を目指す米マイクロソフト、ソニー、子会社がNTTとスマートシティーで協業している米デルも参画している。

 澤田社長は吉田憲一郎・ソニー社長とはソネット時代からの付き合いであり、サティア・ナデラ・米マイクロソフトCEOをとも親交があり社長就任後にすぐに訪問している。外国人経営者であろうと、臆せずに会いにゆきビジネスの交渉をする。

 ICTの競争原理は激変している。NTT復権に向けて、社内外のリーディングカンパニーの経営者と議論し尽くし、 “共鳴者づくり”を加速させているのだ。

モテ期到来のNTTだが
内実は「レガシー連合軍」?

 週刊ダイヤモンド12月12日号の第一特集は「NTT帝国の逆襲」です。

 近年、NTTはトヨタ自動車、三菱商事など日本を代表する大企業が相次いで提携しています。要するに、NTTはとてもモテている!「モテ期」に入っています。

 しかし、その内実は明るいものとも言い切れません。大企業同士が組めば、プロジェクトに必要な資金がつきやすいですし、そのタッグに一枚かんでおこうと多種多様な業種の企業も群がります。要するに、国内産業界の企業を囲い込むことができます。

 しかし、本を正せば、NTTもトヨタも三菱商事も揃って、既存のビジネスモデルに限界があるという悩みを抱えた典型的な企業です。本業に陰りが見えるレガシー企業同士がとりあえずタッグを組んでいるようにも見えるのです。

 それでも、澤田社長はそんなことは承知の上でビジネスの駒を進めたのでしょう。NTTの歴代社長の中でも最も合理的と言われる経営者の一挙手一投足に産業界の注目が集まっているのも事実です。

 海外事業の再編やドコモの子会社化など、破壊的とも言えるほどに大胆な組織改変を敢行している澤田社長。「眠れる獅子」と化した32万人の巨大組織を覚醒させることができるのでしょうか。

(ダイヤモンド編集部副編集長 浅島亮子)