無料のエネルギーによって
ビジネスが民主化する
――第2次産業革命のもたらした経済パラダイムでは、成長の限界が見えているということですか。
そうです。第2次産業革命以降の資本主義は、石油という「新」エネルギーのまわりに形づくられてきました。原油を掘り出し、輸送するには巨大な設備、そのための巨額の資本が必要でした。そのエネルギーを活用するすべての産業が垂直統合により生産効率を上げ、規模の経済で限界費用を下げ、そこに利益を上乗せして初期投資を回収するという経済モデルが大成功をもたらしたわけです。
その一方で、第3次産業革命の源であるデジタルイノベーションはあらゆるものの限界費用を極限まで下げてしまいます。コンピュータの演算処理コストは指数関数的に下落し、限界費用は限りなくゼロに近づいています。インターネットがコンテンツの限界費用をほぼゼロにしてしまい、音楽・エンタテインメント業界を崩壊させたことは先に話しました。次の予兆が見えているのは製造業です。3Dプリンターを使えば、プログラミングによって大量生産だろうと一個だけだろうと、限界費用は同じ。どこにいても製造できるため、輸送コストもゼロに近づきます。再生可能エネルギーも限界費用はゼロ。これもあまり知られていませんが、実は再生可能エネルギーの技術革新はこの20年間、インターネットと同じくらいのスピードで指数関数的に進んでいます。ソーラー発電の1ワットあたりの設置費用は79年には78ドルでしたが、現在は52セント、2019年には35セントまで下がると予測されています。この技術革新のスピードが意味することは、60年代の巨大コンピュータが半世紀でスマートフォンに形を変えたように、近い将来、だれでも手軽に自然エネルギーによる発電ができる時代が来るということです。
自動運転技術も輸送コストを格段に下げるでしょう。また、2030年頃までには農業から建物まですべての産業でセンサーが組み込まれ、情報取得と分析が格段に効率化されます。世界じゅうでIoTが進むと、やがて地球上のすべてが一つの神経システムのようにつながり、グローバルな脳のような機能を持ち始めるでしょう。
新しい世代の起業家は簡単に情報を手に入れ、小さい資本でビジネスを始められるようになります。限界費用がほとんどゼロ、ほぼ無料の新しいコミュニケーション、エネルギー、輸送マトリックスとインフラに対して、コストが高まるばかりの化石燃料と第2次産業革命の残骸のようなインフラで、勝てるでしょうか?
――多くの企業は変わらざるをえませんね。すでに変化を察知し、動き始めている国やセクターはありますか?
EU、なかでもドイツはこの事実に気づき、デジタル時代の新しい経済発展ロードマップを作成して、地域ごとに再生可能エネルギーのパイロット設置を急いでいます。第1次・第2次産業革命に乗り遅れた中国も、今回は機会を逃さずデジタルインフラへの投資を始めています。
また、社会起業家と呼ばれる起業家たちや若い世代はいち早くこの変化を察知し、むしろこの変化を推し進めています。たとえば「シェアリングエコノミー」の勃興です。若い世代は車を所有する代わりにカーシェアリングを駆使し、最近では子どものおもちゃや裏庭、さらに自宅までも抵抗なくシェアしてしまいます。一般の人々が自宅をホテル代わりに貸し出すことを仲介するエアビーアンドビーや、ドライバーと乗客をつなぐウーバーのようなシェアリングにビジネスチャンスを見出したスタートアップ企業があらゆる分野で生まれています。
所有からシェアへ、知的財産の占有からコラボレーションへ、垂直統合から水平成長へと成功の条件が変わる、それが第3次産業革命のもたらすパラダイムシフトです。
インターネットで「知の民主化」が起きたように、だれでも発電できるようになり、IoTで収集されたビッグデータにアクセスできるようになると、ビジネスも民主化するでしょう。これは、地球環境にとっても負荷の低い経済社会への移行を意味します。
限界費用が極限まで下がることで、従来のビジネス構造では利益を得ることができなくなることは、既存のプレーヤーにとっては受け入れがたい変化かもしれません。
既存のビジネスでも、自社の利益を短期的には削るとわかっていながら、新しいシェアリングビジネスの波におっかなびっくり参画せざるをえない、という状況です。たとえばカーシェアリング対象の車が1台増えるごとに新車の販売が15台減るといわれていますから、自動車メーカーは推進したくないことでしょう。でも、世の中の流れに気づいている会社はその方向に動き出しています。
この変化は、けっして悪いことではありません。新しい経済モデルへの移行が完了するまで数十年かかるわけですから、一方で古いビジネスモデルを続けながら、新しいビジネスへの投資をして、だんだんと移行すればよいだけのことです。