限界費用ゼロ社会で
日本が生き残るための条件

――この変化に対して、企業は、具体的にはどのように対応していけばよいのでしょう。

 発想の転換が重要だということについて話しましょう。たとえばエネルギー産業が再生可能エネルギー事業を成長させようとする時、旧来型のビジネスモデルのように、広大な土地に大規模な設備を建設し、スケールメリットを発揮する方法では、各地に分散する協同組合や起業家、個人の集合体としての発電量には勝てません。アドバイスは、「より少ない電気を売ることで利益を上げる」こと。つまり、これまでのように自社で化石燃料を調達して発電するのではなく、再生可能エネルギーで人々にどんどん発電してもらって、会社はエネルギーのインターネットを管理運営したり、データ解析をサポートしたり、パートナーシップを結んで効率化を手伝ったりすることで利益を得ればよいということです。

 輸送・自動車産業についても同様のことがいえます。車を製造して販売するビジネスから、輸送の効率化、限界費用の低減に貢献するためのデータ解析や道路の最適化を実現するビジネスになっていくことが必要です。4世代後には車の需要が80%減になるという市場予測を持ち出さなくても、新車の需要が減ることは明らかでしょう。残る20%はおそらく電気自動車で、リサイクル素材を使って3Dプリンターでつくられ、自動運転です。第1次・第2次産業革命は、中央集権・クローズド・垂直統合による規模の経済が成功の条件でした。第3次産業革命では分散型・透明性・コラボレーション・水平な規模の経済というキーワードに変わるため、ビジネスモデルや産業構造も変革しなければなりません。

――日本は第2次産業革命で大きな成功を収めただけに、変化への抵抗感が大きいようにも思われます。政治、あるいは企業がこの変化をチャンスに変えるための課題と強みには、どのようなものがあると思いますか。

 残念ながら、日本は東日本大震災の際の原発事故の後、旧エネルギーから新エネルギーに切り替える絶好の機会を逸してしまいました。一方、ドイツはそれを契機に2040年までに再生可能エネルギーへの移行を宣言し、すでに30%を達成しています。想像してみてください。エネルギーの3分の1が無料の国と、今後価格が上がり続け、巨大な資本を必要とする地下資源に支えられている国と、どちらの国の産業が有利でしょうか。

 とはいえ、踏ん切りがつかない理由も理解できます。かつて音楽業界が崩壊した時の一番の問題は、社会全体が莫大な資産を抱えて身動きが取れなくなってしまったことでした。アメリカでも化石燃料産業が抱える巨額の資産についてリポートが出たばかりですが、日本も同じく頭を悩ませていることでしょう。

 さらに、日本は第2次産業革命で最高にエネルギー効率を高めただけあって、みごとな垂直統合型の産業構造になっています。人のマインドセットはそう簡単には変わりませんから、ビジネスをよく知る年配層とデジタル世代の若手がクロスメンタリングをするなどの手段を使って、考え方を根本から変えていくことが必要です。

 これから起業する人は、エネルギー・通信・輸送の3つのインターネットを基盤に、新しい発想で始めることが重要になります。

 国としては、こうしたインフラを整備しないと、他国の飛躍的な生産性向上に置いていかれてしまうことを認識してほしいものです。効率を高めることにおいて、日本の右に出る国はないでしょう。ぜひ、新しい経済パラダイムで効率化という強みを率先して活かしてください。

――まさにシュンペーターの提唱した創造的破壊をもたらすイノベーションがあちこちで起ころうとしているわけですね。

 これほどの変化にはシュンペーターも真っ青ですよ! 

 ただし、消えていくビジネスがある一方で新しく生まれる産業があるということも忘れてはなりません。見方を変えればチャンスだということです。

デジタルイノベーションと資本主義の終わりの始まりJeremy Rifkin
文明評論家。経済動向財団代表。欧州委員会、メルケル独首相をはじめ、世界各国の首脳・政府高官のアドバイザーを務めるほか、TIRコンサルティング・グループ代表として協働型コモンズのためのIoTインフラ構築に寄与する。また、ローマ市、オランダ・ユトレヒト州、米サンアントニオ市、モナコ公国などで、第3次産業革命を理念とするマスタープランの策定・推進に関わる。ペンシルべニア大学ウォートンスクールの経営幹部教育プログラムの上級講師。『改定新版 エントロピーの法則』(祥伝社、1990年)、『エイジ・オブ・アクセス』(集英社、2001年)、『第三次産業革命』(インターシフト、2012年)、『限界費用ゼロ社会』(NHK出版、2015年)など著書多数。

 そのチャンスとは、これから新しいインフラ事業が始まるということです。第2次産業革命の時には電線を引き、ダムをつくり、高速道路を建設するのに40年にわたって多数の雇用を生みました。我々はそのうえでさらに20年間発展を遂げてきたわけです。第3次産業革命の準備として、再生可能エネルギーの地域ネットワークをつくり、すべてのモノにセンサーを取り付け、高速インターネット網を張り巡らせ、自動運転を整備し、ビッグデータの収集に備えることになります。これは大きな雇用を生む一大事業になるでしょう。気候変動が本格化する前に速く進めなければなりません。その間にパラダイムシフトを乗り越えて新しい経済のモデルができていくことでしょう。

――新しい未来に武者震いを感じますが、それと同時に、痛みを伴う変革となりそうです。

 我々はいままさにパラダイムシフトの真っただなかにあるために、理解できず苦しむこともあるでしょう。シェア、効率化、再生可能エネルギー、ローカルで分散型の経済への移行は、頭ではだれもがわかっていることです。いまは理論から実践に移る痛みの時代に入っているのです。

 イノベーションはテクノロジーだけの話ではなく、むしろ、この大事な時期に未来の方向を決めるのは人々の意識、ビジョンなのだということをわかってほしいと思います。我々の世代は、親が子どもにおもちゃを買い与えて個人の「所有」という価値観を植えつけました。いまの親はレンタルした中古のおもちゃを子どもに一定期間使用させ、そのおもちゃはまた別のだれかのもとに行くという与え方をしますね。つまり、アクセスとシェアの価値観をあたり前に教えています。そうして育った未来の世代がどのような新しい価値を生み出していくのか、私はとても楽しみにしているのですよ。