産業革命が起こる条件

――製造・流通・販売といったバリューチェーンで利益を得られない時代において、企業はどうすればいいのかをお聞きしたいところですが、その前に、変化の全体像を理解させてください。著書では限界費用がゼロに近づくことで、第3次産業革命が起こると書かれています。この2つの事象の関係についてお聞かせください。

 まず過去に起こった第1次産業革命・第2次産業革命という2つの経済のパラダイムシフトを正しく理解することが重要です。産業革命が起こるには条件があります。それは、新しい「エネルギー」「コミュニケーション」「輸送手段」の3つが同時期にもたらされること、そしてそれに伴ってインフラが整うことです。

 具体的に説明しましょう。第1次産業革命では、蒸気機関が発明され、これまで人力や水力などのエネルギーによって生産していた綿織物などの生産量が飛躍的に向上します。そして、石炭を燃料とする蒸気テクノロジーは蒸気印刷機による大量印刷、出版という新しいコミュニケーションを可能にします。さらには蒸気機関車という新しい輸送手段が誕生して鉄道インフラが整備されます。つまり、新しいエネルギー、新しいコミュニケーション、新しい輸送手段がそのインフラとともに同時に生み出されたわけです。これによって経済の空間は大きく縮み、取引時間は短縮し、市場経済の性質が変わりました。

 第1次産業革命がその頂点を極めようとしている20世紀初頭、次はアメリカで第2次産業革命の萌芽が生まれます。電話の発明による通信の即時性の実現、テレビというマスメディアの誕生、石油という新エネルギー、そして自由な移動を実現する自動車の登場です。道路、電話、電気などのインフラが整い、再び市場経済の空間・時間が劇的に変化し、その恩恵は全世界に広まります。これが、私たちが知る近代資本主義というパラダイムです。

 このルールに則って見ると、20世紀の終盤から新しい条件が整い始め、変化が生まれようとしていることが理解できます。はじめに現れたのが、1960年代からのITです。続いて太陽光や風力を動力に変える再生可能エネルギーが稼働を始め、自動運転技術による新しい輸送手段が整いつつあります。エネルギー、情報、輸送の3つがIoTというプラットフォームの上でデジタルにつながることで、いままさに第3次産業革命が始まろうとしています。過去2度の産業革命と同じように、今回もこれまでの経済ルールを根本から変えてしまうでしょう。

――テクノロジーとしては注目すべきものではありますが、これまでの市場経済のルールがまったく異なってしまうほどの変化を起こすものとなるでしょうか。

 ドイツのメルケル首相と交わした会話を紹介しましょう。メルケル首相からは、ドイツ経済を成長させ、雇用を生む方法について問われていました。私は会ってすぐ、「経済インフラのプラグが第2次産業革命にささっている状態で、これ以上の経済成長が望めると思いますか?」と質問しました。経済活動は、地球から取り出した化石燃料やレアメタルといったエネルギーに別のエネルギーを加えて形を変え、ものをつくり出し、エネルギーを使って運び、消費し、廃棄して地球に戻すまでの過程におけるエネルギー効率をどれだけ高められるかにかかっています。原料から引き出しうる物理的仕事量のうち、有用な仕事に転換された部分の割合を「総エネルギー効率」といいますが、第2次産業革命の始まった当初、アメリカの総エネルギー効率はたった3%でした。地球から取り出したエネルギーの実に97%は無駄になっていたということです。90年代には12〜13%まで向上しましたが、残念ながらアメリカではそこで頭打ちになります。ドイツは10年ほど遅れて18.5%を実現しましたが、以降変わりません。それでは、世界一効率を高めたのはどの国か? そう、日本です。20%まで高めた結果、大成長を遂げます。

 ところが99年をピークに、日本でさえそれ以上効率を上げることはできませんでした。メルケル首相への問いかけに話を戻すと、その答えは、「日本が実現した総エネルギー効率20%が第2次産業革命の限界です。第2次産業革命の技術とインフラにしばられているうちは、どれだけ産業政策を打ち出しても、これ以上の経済成長はありません」ということです。

 アメリカでも同様で、オバマ大統領がグリーンエコノミーを掲げて多くの起業促進策、環境産業支援策を打ち出しましたが、持続可能なビジネスへの移行も経済成長も実現できませんでした。これは、インフラが旧世代のままだったからです。残念ながら、第2次産業革命は2008年にピークを迎え、その後、急速に衰退に向かおうとしています。原油価格が147ドルを超えたことの衝撃を考えれば、リーマンショックは余震のようなものです。エネルギーだけでなく化学肥料から素材まで、経済活動のすべてを支える原油の価格が上がるということは、すべての経済活動のコストが上がること、そして人々の購買力が下がることを意味します。