幕末の侍が目を奪われた

 一八五五年、パリ万博に出席するため、はるばる日本から海を渡った幕末の侍は、゛粘土から取れた銀”と呼ばれた、軽くて銀白色に輝く金属「アルミニウム」の塊に目を奪われたことだろう。万博の目玉の一つとなり、連日黒山の人だかりであったという。

 その後、アルミニウムは安く大量につくられるようになった。それぞれに発見したのはアメリカのチャールズ・マーテイン・ホール(一八六三~一九一四)とフランスのポール・エルー(一八六三~一九一四)の二人である。

 アルミナは、融点が約二〇七〇℃と高いために電気分解を試みても、そもそも液体にできないという課題があった。彼らは「アルミナを溶かし込むことができる物質があるかもしれない」と、さまざまな実験を試みた。

 彼らは、グリーンランドでとれる乳白色のかたまりである「氷晶石」(ナトリウムとアルミニウムとフッ素からできた化合物)に注目した。その融点は約一〇〇〇℃である。氷晶石を融解して、酸化アルミニウムを加えると一〇パーセント程度も溶かし込むことができたのだ。

 電気分解すると、陰極に金属アルミニウムが出てきた。アルミニウムイオンが陰極から電子を得て、金属アルミニウムになったのだ。一八八六年のことだった。

 はじめにアメリカのホールが、その二ヵ月後にはフランスのエルーがこの方法を発見した。まったく独立に同じ方法を発見し、二人はそれぞれの国で特許をとった。

 しかも、二人はともに一八六三年の生まれ。そして同じ五十歳でこの世を去った。なんとも奇妙な偶然である。

 現在でもアルミニウムの工業的な製法は、ホールとエルーの発見した方法が使われている。

 大量の電力を必要とするアルミニウムは、電気のかたまり、あるいは電気の缶詰といわれている。アルミニウムの電解による製法の原理は、マグネシウムなどの取り方にも応用されて、現在の軽金属時代の糸口になった。

(※本原稿は『世界史は化学でできている』からの抜粋です)

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左巻健男(さまき・たけお)

東京大学非常勤講師
元法政大学生命科学部環境応用化学科教授
『理科の探検(RikaTan)』編集長。専門は理科教育、科学コミュニケーション。一九四九年生まれ。千葉大学教育学部理科専攻(物理化学研究室)を卒業後、東京学芸大学大学院教育学研究科理科教育専攻(物理化学講座)を修了。中学校理科教科書(新しい科学)編集委員・執筆者。大学で教鞭を執りつつ、精力的に理科教室や講演会の講師を務める。おもな著書に、『面白くて眠れなくなる化学』(PHP)、『よくわかる元素図鑑』(田中陵二氏との共著、PHP)、『新しい高校化学の教科書』(講談社ブルーバックス)などがある。