火の発見とエネルギー革命、歴史を変えたビール・ワイン・蒸留酒、金・銀への欲望が世界をグローバル化した、石油に浮かぶ文明、ドラッグの魔力、化学兵器と核兵器…。化学は人類を大きく動かしている――。化学という学問の知的探求の営みを伝えると同時に、人間の夢や欲望を形にしてきた「化学」の実学として面白さを、著者の親切な文章と、図解、イラストも用いながら、やわらかく読者に届ける、白熱のサイエンスエンターテイメント『世界史は化学でできている』。発売たちまち4万部を突破し、池谷裕二氏(脳研究者、東京大学教授)「こんなに楽しい化学の本は初めてだ。スケールが大きいのにとても身近。現実的だけど神秘的。文理が融合された多面的な“化学”に魅了されっぱなしだ」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。好評連載のバックナンバーはこちらから。

Photo: Adobe Stock

ナポレオン三世の食器

 続いては、鉄に次いで使用量が多いアルミニウムを見てみよう。アルミニウムは、軽量で加工しやすく耐食性もあることから、車体の一部、建築物の一部、缶、パソコン・家電製品の筐体など、さまざまな用途に使われている。

 アルミニウムが耐食性を持つのは、空気中で表面が酸化されてできた酸化アルミニウムの緻密な膜が内部を保護するからだ。また、この酸化皮膜を人工的に厚くつけて、さらに耐食性を高めている場合(鍋などの容器材料やアルミサッシなどの建築材料)もある(アルマイト加工という)。

 ちなみに、アルミニウムは地殻中に鉄よりも多くふくまれているのに、金属として取り出されたのはずっと遅い。それはなぜだろうか。

 アルミニウムを取り出すための原料は、ボーキサイトというオレンジ色の鉱石だ。ボーキサイトを精製してアルミナを取り出すのだ。アルミナの成分は酸化アルミニウム(Al2O3)だが、アルミニウムのイオン化傾向は大きく、アルミニウムと酸素が非常に強く結びついている。

 鉄鉱石ならコークスによって鉄と酸素の結びつきから酸素を外すことができたが、アルミナはコークスではびくともしない。

 アルミニウムは、一八二五年に、デンマークの物理学者ハンス・クリスティアン・エルステッド(一七七七~一八五一)が、一八二七年には化学者フリードリヒ・ウェーラー(一八〇〇~一八八二)がエルステッドよりも純粋なものを取り出すことに成功にした。

 彼らはアルミニウムよりもイオン化傾向が大きく、酸素などと強く結びつくカリウムという金属を使ったのである。カリウムはアレッサンドロ・ボルタが発明した電池を多くつなぐ「電気分解」という方法でようやく少量が取り出せる。そして、塩化アルミニウムと混ぜて加熱すると、カリウムが塩化アルミニウムの塩素を奪って塩化カリウムになり、アルミニウムを得ることができたのだ。

 当時、アルミニウムは、金や銀と同じくらいに貴重なものだった。ナポレオン三世は自分の上着のボタンをアルミニウムでつくらせた。また、アルミニウム製の食器を重要な来賓に供しており、ふつうの客には金製の食器を使っていたといわれている。

 現在の私たちの感覚からすると妙に思えるが、人は希少性に価値を感じるということなのだろう。ナポレオン三世にとっては、ありふれた金よりもアルミニウムの食器を使うことが、最上のもてなしだったのだ。