『起業大全』『起業の科学』の著者・田所雅之さんと、『超★営業思考』の著者・金沢景敏さんの対談が実現した。田所さんはこれまで、国内外で数々の起業を経験したのち、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた「起業のプロフェッショナル」。一方の金沢さんは、プルデンシャル生命保険入社1年目にして国内営業社員約3200人のトップに立ち、3年目には「Top of the Table(TOT)」に到達した「伝説の営業マン」である。
金沢さんは、2020年にプルデンシャルを退社。人生トータルでアスリートの生涯価値を最大化し、新たな価値と収益を創造するAthReebo(アスリーボ)株式会社を設立した。そこで、起業したばかりの金沢さんと、「起業のプロ」の田所さんに、「起業を成功させるために重要なポイント」に語り合っていただいた。(構成/ライター・前田浩弥)

「ボケ」と「ツッコミ」の存在が、成功するビジネスの条件写真はイメージです。 Photo: Adobe Stock

優れた起業家は「自分の言葉」で語る

金沢景敏さん(以下、金沢) ぼくは、約半年前に起業したばかりで、まさに田所さんからリアルにアドバイスをいただきながら、事業の方向性を見極めているところです。それをここでさらしつつ語り合うなんて、不思議なものですね(笑)。

田所雅之さん(以下、田所) そうですね。よろしくお願いします。

金沢 まだ何度か、田所さんと面談させていただいた程度なんですが、いつも耳の痛い話ばかりです。

田所 厳しく言い過ぎですかね……?

金沢 いえいえ。そのくらいのほうがありがたいです。なぜなら、ぼくはこれまでの人生で、それなりの結果を出してきたつもりでしたが、「0→1」の物事に携わったことがないからです。

 たとえば、受験勉強。受験勉強には「答え」があります。「答え」のある問題に対し、与えられた時間の中で「答え」を導き出す、その正解率が高い人間が評価されるわけです。「問い」そのものを「0→1」で生み出すわけでもなければ、独創的な「答え」を生み出すわけでもありません。

田所 たしかに、そうですね。

金沢 TBSに入社すると、たくさんのアスリートを取材することができましたが、それは「TBS」という看板があったから。ぼく自身の力で「0→1」でそんなことができたわけではありません。

 プルデンシャルに転職して、営業マンとして結果を残したと自負していますが、これも、「保険」という、お金を支払って買うことがすでに“当たり前”になっているプロダクトを売らせていただいただけ。それに、保険でお客様と知り合うのは「0→1」のようにも見えますが、人間自体はもともとたくさんいるわけですから「0→1」ではありません。

 だから、今回のスタートアップはぼくが人生で初めて携わる「0→1」なんです。そりゃ、壁にぶつかるよなという話で……(苦笑)。

田所 なるほど。ぼくは、『超★営業思考』を読んで、金沢さんの“泥臭く”徹底的に行動量を積み上げる営業手法のすごさをヒシヒシと感じました。起業を成功させるうえで、そういう“泥臭さ”が非常に大切だということは、『起業大全』でも力説したところです。

 ただ、世の中にインパクトを与えるようなスタートアップを成功させるためには、「行動量」だけではなく「戦略」も必要。ぼくは、成功する起業家にとって一番大事な要素は「戦略的泥臭さ」と考えています。ここが金沢さんとアスリーボにとって今後のテーマになるんでしょうね。

金沢 そうですね。ぼくは、「1→100」にするために誰よりもコツコツやって結果を出してきたと自負はあるんですけど、「0→1」は勝手が違うと痛感させられる毎日です。

「アスリートの生涯価値を最大化したい!」という熱い思いがあって、やりたいこともたくさんあるんだけど、「それは本当に社会が必要としているものなの?」と問われると、途端に答えに窮してしまったりするんですよね。いかに「プロダクトアウト」しかやってこなかったのかを痛感しています。

田所 それは、これから一緒に修正していけば大丈夫です。ぼくは金沢さんに、これまでに支援してきた数百社のスタートアップのなかでもずば抜けた「光る部分」を見出していますよ。

金沢 おお! それは嬉しいですね(笑)。どんなところが光っていますか?

田所 面談する中で、私の言葉を聞いて熟考する場面が多いんですよ。これが、素晴らしいと思っています。

金沢 熟考するところ……がですか?

「ボケ」と「ツッコミ」の存在が、成功するビジネスの条件田所雅之(たどころ・まさゆき)
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役社長
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動する。日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。日本とシリコンバレーのスタートアップ数社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めながら、ウェブマーケティング会社ベーシックのCSOも務める。2017年、スタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。著書に『起業の科学』(日経BP)、『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『起業大全』(ダイヤモンド社)がある。

優れた起業家は「自分の言葉」で語る

田所 ええ。多くの人は、ぼくがアドバイスをすると「はー」「なるほど」と即座に反応し、「じゃあこうやればいいんですね」と次に進もうとします。でも金沢さんは、そこで「うーん」と熟考するんです。

 これは、とても重要なポイントです。というのは、「この人は、『頭』で理解するのではなく、『腹』で理解しようとしているんだな」ということがわかるからです。聞いた言葉を、自分の言葉に翻訳しようとしているというか、これまでの自分の経験や知識と照らし合わせながら、腹の底から理解できるまで考えようとしているというか……。

 こういう思考法の人は、「聞いた言葉」を「自分の言葉」に変換するまでには時間がかかるかもしれませんが、いざ変換できたら強い。だって、「腹の底」から理解しているわけだから、そのあとの「思考の質」「行動の質」が高くなるでしょう?

金沢 確かに、言われてみればそうかもしれません。ぼくにとって「自分の言葉に変換する」ってすごく大事で……。なんか、単に受け売りの言葉を使ってるだけって、すごく気持ち悪いことじゃないですか?

 生きていく中でいろいろな人と会ったり、いろいろな本を読んだりして新しい知識・知見を得るわけですが、その言葉を「自分の言葉」に変換して自分が発信できた瞬間に、「自分のもの」になる感覚があります。

 自分が発信している知識・知見も、もともとは「誰かの受け売り」だったものがほとんどなんですけど……。だけど、それを自分の中で咀嚼し、自分の言葉に変換すると、「自分のもの」になる。人の話を聞くときはよく、「頭ではわかる。おっしゃるとおり。でもそれを自分が実際にやるとなるとどうしたらいいんだろう」なんて考えながら聞いていますね。

田所 起業家の仕事って、ものすごく抽象化すると「言語化」なんですよね。「世の中に新たなコンセプトを発信する」のは、「世の中に新たな言葉の定義を発信する」のと同義。だから、「自分の言葉」をもっているというのは、起業家にとって決定的に重要なことなんです。

 金沢さんとお話ししていても、『超★営業思考』を読んでも、「一般的な言葉」を「自分なりの言葉」に再定義して発信している印象があります。それはもう、優れた起業家の資質を持っているということなんですよ。

金沢 そうなんですね。めっちゃ嬉しいです。

田所 今はまだまだ、「戦略」や「マーケットイン」という言葉は、金沢さんの中ではしっくり来ず、熟考して「自分なりの言葉」に変換しようとしている最中なのかもしれない。でもこれらの言葉が、実践を通じて「金沢さんのもの」になったとき、金沢さんもアスリーボも大きく進化すると思います。