3つの同心円の描き方の認識ギャップこそ、今日の職場における様々なコミュニケーション問題を生み出しているといえるだろう。法的には、社員と会社は契約の関係(「他人の関係」または「義理の関係」)と考えられる。だからこそ、遠慮しながらお付き合いをすることが求められる。一方で、社会的、判例的には、従業員は弱く会社に依存する立場(「人情の世界」)にあり、会社はしっかり面倒を見なければ問題視される。法律と実情のギャップには、従業員だけでなく、会社も煩わされているのである。

吉本芸人を家族から他人にした
エージェント契約の功罪

 この同心円の描き方のギャップが顕在化したのが、吉本興業と芸人との対立であろう。これまで吉本興業は、芸人たちは自分たちのファミリーだと言っていた。家族が外部で家の悪口を言っても誰もなんとも思わないように、芸人が会社の文句をテレビでいくら言っても、むしろ芸のひとつのように解釈して、笑って許容していた。

 会社は芸人にチャンスを与え、引き上げ、売れなくなっても何らかの仕事を与え、面倒を見てきたし、そうした社員の守り方を真剣に貫いてきたという強い矜持があったと思われる。

 近年、会社と芸人との関係をアップデートすべきだと主張する芸人が出てきた。「ファミリー」として運営するには規模が大きくなりすぎ、また芸人の志向も多様化しているから、社会一般で確立されているような大人の契約関係を構築すべしと考えたのである。至極当然の主張であろう。ほかの芸能事務所に所属するタレントの年俸がいくらなどという情報も知れ渡るような時代であることも大きいだろう。

 そこで、一部の芸人はエージェント契約を行い、新たな関係構築を行った。家族同士でそのような契約を結ぶことはないから、互いの認識の中で、会社と芸人がファミリーの関係性(人情の世界)から外に出たことは間違いがない。ただ、そのとき、新しい関係が相互扶助の持ちつ持たれつの領域(義理の世界)にあるか、損得だけが重要な他人の領域(他人の世界)にあるか、お互いの認識が異なったのであろう。