江戸末期から明治維新を経て、近代国家としての日本が成立する過程において、500の企業を育て、約600の公共事業に関わった「日本資本主義の父」渋沢栄一。2024年から一万円札の図柄となり、2021年のNHKの大河ドラマで採り上げられることもあって、その代表的な著作である講演録『論語と算盤』が改めて注目されている。
本書について語られるとき、多くは経営者たちの非倫理的な行為を戒めるために、道徳と経営は合一すべきであると渋沢が説いた「経営論の書」であることが強調される。もちろんそのような側面もないわけではないが、通読すれば、実は激動の現代の世にビジネスパーソンや起業家こそが読むべき、もっと鮮烈で強烈なメッセージが隠されている。今回はそれを読み解いていく。
最初から種明かしをしてしまうと、渋沢の思考回路はこんなふうなものである。前提に国家と社会をよくしたいという意思があり、その実現のためには官と軍に頼るのではなく商工業をさかんにしなければならないと考えた。商工業を強くするためには、資本(お金)と起業家人材(実学に精励する人)が必要だ。そこで金融の事業と人材育成に尽力することが不可欠であるとして、それを実践したのである。
このとき、金融市場と商品市場が健全に機能するためには、多数の市場参加者による良い競争が必要であり、その際には経営者に倫理的、道徳的な視点が強く求められることになる。
「私が常にこの物の進みは、ぜひとも大いなる欲望をもって利殖を図ることに充分でないものは、決して進むものではない。ただ空理に走り虚栄に赴く国民は、決して心理の発達をなすものではない。ゆえに自分等はなるべく政治界、軍事界などがただ跋扈せずに、実業界がなるべく力を張るように希望する。これはすなわち物を増殖する務めである。これが完全でなければ国の富はなさぬ。その富をなす根源は何かといえば、仁義道徳。正しい道理の富でなければその富は完全に永続することができぬ」(『論語と算盤』〈角川ソフィア文庫〉、以下「」内の引用文は全て同書)
そして、そのような渋沢の思考と行動の基盤になったのが論語である。