根深い抵抗感、世論の動向がカギ

 日本でもマイクロチップ装着の義務化が決定したと報じられたとき、ネットでは好意的な意見が多く見られた。ペット後進国の日本にとっては、ペット先進国に近づく大きな進展であるに違いないからである。

 またそうした機会に発言するのは、一般人とはいえその分野において識者たる風格を備えた人たちであり、言葉にもなんとなく説得力がある。その一群が「是」として称賛しているのだから、国内でもマイクロチップ装着が一気に加速するであろうと思わされた。
 
 しかし、飼い主を対象にしたいくつかのアンケートに目を通してみてわかったのだが、個々人はマイクロチップ装着にそこまで積極的ではない。過半数以上が「装着の予定なし」と答えている調査(参照)もあった。
 
 筆者は猫を飼っているが、ネットに見られた「マイクロチップ義務化賛成」という称賛と、「装着の予定なし」という本音、この両者に見られる乖離に、実は心当たりがある。

 やはり動物がより大切にされているペット先進国に憧れ、彼らの中で当たり前になっている「マイクロチップに抵抗なし」という価値観を自分のものにもしたいので、公には「マイクロチップっていいよね」と発言したいところなのだが、いざ自分の猫にマイクロチップを装着する決断ができるかというと、ためらってしまう。マイクロチップの安全性がどれだけうたわれていたとしても、「体内に異物を混入する」というその一事が築くハードルが高い。
 
 うちの猫は一度致命的な脱走をしたことがある。

 11月の、冷え込みが厳しくなってきた折、雨が降る中、家でぬくぬくすることしか知らなかった我が猫が、どこかでおびえ震えてうずくまっているのかと思うと、文字通り居ても立ってもいられず、猫探偵(猫捜しのプロ)に助言などを仰ぎながら、ほぼ不眠不休で24時間捜し回って、ようやく工事現場の片隅でうずくまっているところを見つけ、無事保護できた。幸運であったというほかないが、猫を捜し回っていた時の耐えがたき心痛は、今でも鮮明に胸に思い描くことができる。筆者にとってそれほど痛烈な体験であった。もちろん、あのような出来事は全力で回避したい。
 
 それから脱走しない設備の充実と、万一脱走したときのためにベランダ外出時は音が鳴って捜せる首輪を装着するようにした。マイクロチップにGPS機能が備わっているならぜひと考えたのだが、現時点でのテクノロジーではなかなか難しいらしい。では、迷子札をマイクロチップにして体内に注入するのはどうか…というところで、抵抗感から思考がストップしてしまう。おそらく国内には筆者のような感じ方をしている人が多くいるはずである。「いいもので、問題ないとわかっているはずなのだが、導入に踏み切れない」という人たちである。
 
 環境省が発表している資料に、平成26年度の調査なので少し古いものにはなるのだが、非常に興味深い点があった。神奈川県と香川県を対象に調査が行われたのだが、マイクロチップを装着していない理由について「マイクロチップを知らなかった」と回答した世帯が、神奈川県が9.4%に対して、香川県は46.2%にのぼったのである。
 
 首都圏と地方でこれだけ大きな開きがある。ネット社会とはいえ住んでいる地域によって日常で触れる情報量に差がある、という実態を示した数字である。そして人の価値観は触れる情報によって日々アップデートされていくものである。
 
 今回の動物愛護法の改正は、国内のペットにとって決してゴールではないが、国内のペットに対する意識を変革していくきっかけとして、大きな一歩となっていくことを期待させてくれるものであった。マイクロチップ装着に関しても、この改正法を機に知識や捉え方が進展して世論の流れができれば、おそらく筆者のような「今一歩踏み切れない人たち」が、ごく自然な心持ちでマイクロチップ装着を行うようになるのかもしれない。