東京五輪・パラリンピック開催により、新型コロナウイルスへの感染が拡大して医療現場がパンクすることへの危機感は、日本と他の先進国の間で温度差がある。他国からすれば、自国よりも感染者数が少ない日本で医療提供体制がパンクするというのは理解し難い。(国際医療経済学者・グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン〈GHC〉会長 アキよしかわ、GHC代表取締役社長 渡辺さち子)
日本のような新規感染者数の水準で
「医療崩壊の危機」を叫ぶ先進国は皆無
東京五輪・パラリンピックが7月下旬から開催されようとしている。開催の是非について議論は過熱するばかりだが、開催により新型コロナウイルスへの感染が拡大して医療現場がパンクすることへの危機感は、日本と他の先進国の間で実は温度差がある。
東京五輪の中止を検討しない国際オリンピック委員会(IOC)の態度を見ればわかるように、けた違いに多い感染者・死者が出ても医療崩壊が起きていない他の先進国からすれば、自分たちの国よりも圧倒的に感染者数が少ない日本で通常医療が受けられないほど医療提供体制がパンクするというのは理解できない。これはワクチン接種が進んでいる、進んでいないという以前の問題である。
実際に日本は「医療崩壊の危機」にある。その正体を突き止めていくために、菅首相をはじめ各自治体の首長が頭を悩ます「病床のひっ迫」という現象を客観的に分析していきたい。
政府は東京都に4回目となる新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言を発出する方針を固めた。そこからさかのぼること1カ月前、9都道府県を対象とした3回目の緊急事態宣言が6月20日まで延長された。
菅義偉首相はこのとき判断を下した理由として、「東京、大阪などでは、感染が減少傾向にあるが、新規感染者数は依然として高い水準。大阪などでは、病床のひっ迫が続いている」ことを挙げた。つまり、新型コロナウイルス感染症患者の対応で手いっぱいになって通常の医療ができない、いわゆる「医療崩壊の危機」を避けるためには、致し方ない措置だとした。
しかし、日本のような新規感染者数の水準で、「医療崩壊の危機」を叫んでいる先進国は皆無という、動かし難い事実もあることを忘れてはいけない。
例えば、今年の頭には日本より100倍の新規感染者が出ていた米国でも、「医療崩壊の危機」が日本のような深刻さで叫ばれたことはない。英国やフランスも同様だ。
もちろん、新型コロナウイルスの感染が急速に広まった当初は、各国の医療提供体制は混乱を極めた。しかし、先進国の場合は基本的に医療従事者や病床などの医療資源が充実しているので、急ピッチに「コロナ医療」の体制を整えたことで、「医療崩壊の危機」を過去のものとした。
では、なぜ日本だけが1年以上経過しても「病床のひっ迫」という危機的状況が続いたのか。なぜ日本だけが他の先進国が乗り越えてきた「医療崩壊の危機」がいまだに叫び続けられているのか。
日本の病床数は潤沢だ。あらゆる国民に行き届いているという意味においては「世界一」である。
2018年の経済協力開発機構(OECD)のデータによれば、人口1000人当たりの急性期病床数はOECD加盟国の平均は3.6床。対して日本の病床数は7.8床(一般病床〈急性期病床〉で、届け出されている回復期リハ・地域包括ケア・緩和ケア・障害者の病床数を除く。さらに有床診療所の病床を除いても5.6床)。欧米などに比べても圧倒的に多い。
なぜこのような“世界一の病床大国”で、欧米と比べものにならないほど少ない新規感染者数で、「病床のひっ迫」がすぐに起きてしまうのか。