東京2020は過去とは違う方向性を見せるべきだった

 中央公論2009年2月号に、作家、五木寛之氏の論考「衰退の時代に日本人が持つべき『覚悟』」が掲載されている。

 五木氏はこの中で、「今、われわれは、衰退の覚悟を決めたうえで、『優雅な縮小』を目指すべきではないでしょうか」と日本人に呼びかけている。日本が「モノづくり」で他国と伍していくのは不可能。中国やアジアの諸国との競争で勝てるとは思わない。知的に尊敬される小国になるべきだ、と力説していた。

 そういう意味では、2020年の東京五輪は本来、成熟期の日本の姿を世界にアピールし、経済成長の成果を見せるより、さん然と輝く日本文化と知的に尊敬される日本のソフトパワーを展示する舞台にすべきだったのではないか。

 しかし、開会式を見たあとの率直な感想は、日本はそのソフトパワーをどう見せるべきかについてはまだ右往左往していると感じた。

 映画監督で芸人でもある北野武氏も、24日夜、TBSの「新・情報7daysニュースキャスター」に出演して「昨日(23日)の開会式、面白かったっすね〜。ずいぶん寝ちゃいましたよ。金返してほしいですね」と皮肉ったり、「(開会式に)税金からいくらか出ているだろうから、金返せよ。困ったね。あれ、外国に恥ずかしくて行けないよ」と話し、痛烈に批判したりした。

 正直に言うと、今回の開会式のコンテンツの選定には、主催側の自己陶酔的な判断要素がかなり入っていたと感じる。世界の人々に効果的にアピールする意識が全然足りない。実は私も北野武氏のように寝てしまった。選手入場の途中に目を覚まし、最後まで観賞することができたのは幸いだった。