『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』が、20万部を突破。分厚い788ページ、価格は税込3000円超、著者は正体を明かしていない「読書猿」……発売直後は多くの書店で完売が続出するという、異例づくしのヒットとなった。なぜ、本書はこれほど多くの人をひきつけているのか。この本を推してくれたキーパーソンへのインタビューで、その裏側に迫る。
今回インタビューしたのは、著者の読書猿さんが『独学大全』の聖地」と呼ぶブックファースト新宿店の南口真店長。なぜフェアの成果が出たのか、その経緯を聞いたところ、新しい時代のモノの売り方のヒントが見えてきた。(取材・構成/編集部)

コロナ禍でもフェアが大反響! 大手書店店長が語る「SNS時代」に客を呼ぶ方法

フェアで、「他書店」と徹底的に差別化する

――ブックファースト新宿店では、オープンした2008年から「フェア」をずっと続けていらっしゃるとお伺いしました。

ブックファースト新宿店南口店長(以下、南口):フェアは店内のあちこちで大小さまざま行っていますが、特にメインとなるフェア用の棚を店内に2ヵ所常設し、今はほぼ5週間に1回のペースで入れ替えています。特に、入口入ってすぐのお店の一等地で行うフェアには、力を入れていますね。

――5週間に1回! 月刊誌のペースですね!

南口:おっしゃる通り、自分としては毎回、雑誌をつくるような感覚でやっています。企画を立てて、実際に本を集めて、ポップの文章をつくる、売れ行きを見て、棚をメンテナンスする。そしてまた来月以降のフェアを企画する。フェアの企画は常にいくつかストックしていますが、旬のテーマをベストなタイミングで実施したいので、毎回結構めまぐるしいです。

――あえて失礼なことを申し上げますが……同じスペースに売れている商品をたくさん並べるのに比べて、フェアは多様な商品を少しずつ並べないといけないので労力もかかるし、売り上げの見込みも立ちづらそうだなと……。一見非効率な感じがするのですが、貴店ではなぜ力を入れているのかを教えていただけますか。

南口:フェアをやっている一番の理由は、いかに「他書店」様と違うことを行うか。オリジナリティを追求した結果です。

 書店は、どこも販売している商材は同じです。「本」しかありません。だからなんとかして、「うちのお店で買っていただく理由」「うちのお店に来ていただく理由」をつくりだす必要があります。そうでなければ、たまたま通りかかったお客様を待つことしかできなくなってしまいます。そして皆さんご存じの通りですが、コロナ禍の随分以前から、「書店に来てくださる方」の人数は、どんどん減っていたわけです。

 弊社は現在、オンラインで書籍を販売していませんし、店長としてはとにかく「お店を知っていただく」「足を運んでいただく」ことを考えます。そのためのきっかけづくりが「フェア」なのです。ですから、同じフェアでも「●●社売上良好書フェア」のような、出版社様主導のものは原則行っていません。他書店様で行っていない、自分たちで独自の企画を立てたフェアを実施するようにしています。

 SNS時代になって、自分たちでお店の様子を細かく発信できるようになったり、著者様とやりとりさせていただいたり、連携させていただきやすくなった。これは、我々のようなオリジナリティを追求する書店にとっては、大きなターニングポイントだったと思います。昔は、せいぜい店頭看板でPRすることしかできませんでしたので、お店に来ていただいて初めて、フェアの存在に気付いていただく状態でしたからね。

――現在開催されている「鈍器本フェア」も、話題をいち早く捉えていました。

「鈍器本」という言葉はネットニュース経由で知ったのですが、自分たちがフェアをやるなら、ただ分厚い本を集めるだけではつまらないし、ちょっと味気ないなと……。それで、「鈍器本=その内容から、頭を殴られたような衝撃を受ける本」という独自の定義を加えたのです。この定義が決まってからは、並べる本もスムーズに決まりました。

コロナ禍でもフェアが大反響! 大手書店店長が語る「SNS時代」に客を呼ぶ方法8月27日(金)まで実施中の「鈍器本」フェアの看板。高額本も続々売り切れる商品が出ている。

『独学大全』フェアの「異常な」売れ行き

――話が少し遡りますが、昨年末から実施した『独学大全』のフェアは、どういう経緯で企画されたのでしょうか?

南口:私自身、長年フェアの運営に携わり、実売が伴う「売れるフェア」と、反対に、残念ながら「売れないフェア」の両方を経験してきました。試行錯誤のなかで「旬を捉えた1冊を起点にしたものは反応が良い」とわかってきたんです。だから、フェアの企画を考えるときはいつも「ネタになる本」を探すようにしていました。それ次第で、フェアの面白さ、お客さんの反応が大きく変わりますので。

『独学大全』は、初版時にそれ程たくさん入荷したわけではなかったのですが、当店では発売直後から「異常」な売れ方をしていました。書店員をやっていると、リアルタイムの数字を見ているだけで、「おっ、この本はヤバいな。もっと工夫すればもっと売れるぞ」とわかるようになるんですよね(笑)。『独学大全』はまさにそういう本でした。私が実物を手に取ったのはデータを見たあとでしたが、あの分厚さだったので、さらに度肝を抜かれましたね。内容も充実していて、文献が数多く紹介されているし、フェアにうってつけの商品だと思いました。

――フェアの売れ行きはいかがでしたか?

南口:フェアの売上も「異常」でした。残念ながら新型コロナウィルスの影響でほぼ緊急事態宣言中の実施となってしまったにもかかわらず、当店がオープンしてから13年の歴史の中でも、トップレベルの売上、実売率を達成しています。

 遠方の方からもたくさんお電話をいただき、配送の手配をさせていただきました。お一人で複数冊数ご購入いただく方も珍しくなかったです。今回は、フェア書目の一覧と読書猿様の推薦コメントを掲載したオリジナルの小冊子を購入特典にしたのですが、それも効きましたね。「小冊子手に入れた!」という報告や画像がSNSによって拡散されたことで、お客様が「小冊子欲しさにフェアにお越しくださる(電話注文をいただく)」という現象が起こりました。

――『独学大全』以外の本も、売れたということですよね。

 はい。特に驚いたのが、売れていた書籍の内訳です。最初は「ちょっと軽めの読み物が買われるかな」と思っていたのですよ。ところが、学習参考書や教科書がたくさん買われていた。本当にみんな「学びたいんだなあ」と思いました。具体的には、『現代文単語 げんたん 改訂版』(いいずな出版)、『英文法基礎10題ドリル』(駿台文庫)などです。

コロナ禍でもフェアが大反響! 大手書店店長が語る「SNS時代」に客を呼ぶ方法フェア終了後も、棚は「独学大全ライブラリー」として維持され、逐次更新され続けている。

データ分析から見つけた「仕掛け商品」がバカ売れ

南口:フェア期間中は売れるのを待つだけではなく、店舗の側でもリアルタイムでデータをチェックして、積極的に「工夫」「仕掛け」を重ねていく必要があります。例えば、今回のフェアでは「どのお客様も、よく合わせ買いされているな」と気づいたのが『思考力改善ドリル』(勁草書房)でした。

『独学大全』刊行後の2020年10月出版の本で、当店で堅実に売れていましたが、大きく跳ねる売れ行きではありませんでした。ですが、今回のフェアでの売れ行きデータを見ていたら、「仕掛ければ、もっと跳ねるかも」とひらめいたんです。それで、入口すぐの一等地に「読書猿さんの推し哲学者 植原亮さん」というポップをつけて積んでみました。これが大当たりでした。大爆発して、仕掛けた週には、当店の総合売上ランキングの2位を記録したほどです。

コロナ禍でもフェアが大反響! 大手書店店長が語る「SNS時代」に客を呼ぶ方法『思考力改善ドリル』。芥川賞受賞作に迫る売り上げを叩き出した。

――そうした機動的な動きに加えて、商品の「網羅性」もすごいですよね。読書猿さんも、これまで自分がいくら探してもなかったはずの「品切れ商品」が店頭に並んでいたことを、本当に驚いていました。こういった施策は南口店長の執念で、実現されたのでしょうか。

南口:当店のように、フェアのためにしっかり棚を確保できる店だからこそ、商品を「全部並べる」ことにはこだわってやっています。

 出版社在庫僅少の商品は、機械的に発注するだけだと「在庫なしです」と自動的に返答が来ます。ですから、出版社様と直接交渉して、商品を揃えていきました。『独学大全』を読むと、紹介されている書籍の中でも読書猿さんの思い入れが特に強いものがありますよね。そういった本は、絶対に並べたいと思い頑張りました。

 例えば林達夫の対談集『思想のドラマトゥルギー』。在庫僅少でしたが、なんとか交渉して1~2冊仕入れることができました。当店のフェアがきっかけになったかどうかわかりませんけど、結果的に出版社様でも重版することになったようです。

コロナ禍でもフェアが大反響! 大手書店店長が語る「SNS時代」に客を呼ぶ方法『思想のドラマトゥルギー』。読書猿さんが私淑する林達夫の著書。
南口真(みなみぐち・まこと)
ブックファースト新宿店店長
1972年、大阪生まれ。ブックファースト梅田店のビジネス書担当などを経て、2020年3月~新宿店に店長として着任。年間10回以上のフェアの企画を行う。「書店員はもっとデータを見よう」が信条。