HHV-6の遺伝子SITH-1が陽性だと
12倍も発症しやすくなる

――「心の問題」に対処する治療と「脳の病気」に対処する治療の両方が併用されているんですね。

 うつ病とは「ぐるぐる思考の負の連鎖から、認知のゆがみのせいで抜けられなくなっている状態」という見立てまでは、心の問題派、脳の問題派、共に意見は一致しています。対立しているのは、認知のゆがみを心理的な方法で取り去るか、薬で何とかするかの1点だけ。

 また、患者を治したいという目的も一致しています。そこで現在のうつ病治療は、両派の2つの大きな柱が互いに支え合うようにして成り立っているのです。

――だとすると、「脳の病気」の証明にこだわる必要はあまりないような気もします。

 そうでもないんです。実は「心の問題派」の裾野は非常に広くて、宗教、自己啓発、スピリチュアル、オカルト、祈祷など医学ではない、それ以外の分野も含まれます。中には効くものもありますが、私たち学者は「怪し気でも、効きさえすればOK」というわけにはいかない。

 そんな「心の問題派の裾野」に対しては、「脳の病気派」は圧倒的に不利。見に見える証拠がなければ負けてしまうので、脳の異常を見つけるだけでなく、うつ病が生じるメカニズムまで証明しなければならないのです。

――では、脳の病気派の新説である「ウイルス原因説」とはどのようなものなのでしょう。

 一口にウイルスといっても、コロナウイルスやノロウイルスとは本質的に違います。感染してウイルスが激しく増殖し、急性の病気を起こすことを、急性感染症と呼びますが、このようなウイルスは、肺炎や腸炎などの派手な症状を起こして人を危険にさらし、短期間でいなくなります。このような病気は一般的に感染症と呼ばれます。

 一方で、われわれがうつ病の原因として目を付けたHHV-6は「共生ウイルス」と呼ばれるカテゴリーのウイルスです。赤ちゃんの時に突発性発疹として人に感染した後、感染症特有の派手な症状を起こすことなく、潜伏感染状態で一生、人の体に住みつきます。潜伏している場所は、血液中のマクロファージという細胞と、脳の嗅球(きゅうきゅう)という部分のアストロサイトという細胞です。

 この嗅球のアストロサイトでHHV-6が作り出すのが、潜伏感染タンパク質にして遺伝子情報も保有するSITH-1で、このSITH-1抗体が陽性の人はうつ病に約12倍なりやすくなります。

 勘違いされたくないのは、HHV-6がうつ病の原因とは言っていないということです。HHV-6がやっているのはストレスを増幅する働きで、ストレスを増幅することによって起こる病気の代表格がうつ病です。

――HHV-6は、疲労度の測定にも役立つウイルスですよね。

 はい、マクロファージで眠っていたHHV-6に疲労負荷がかかると再活性化され、潜伏状態から増殖状態に変わります。増えたHHV-6は唾液の中に出てくるため、その量を測れば疲労度が分かるということをわれわれは発見しました。

 唾液中に出たHHV-6は、ウイルスの本性として脳に入ろうとして移動を始め、脳の嗅球に潜伏感染します。そこで作られるのがSITH-1で、このSITH-1が嗅球のアポトーシス(細胞死)を引き起こし、脳内のストレス物質を増加させ、そのストレス物質によってうつ病が起きることが分かりました。