歴史をさかのぼれば、1900年頃のアメリカではほとんどすべての州で中絶は禁止されていた。カトリックや福音派のプロテスタントなど中絶反対派が宗教的な理由で何がなんでも胎児の生命を最優先したからだ。

 しかし時代が進むにつれて女性の権利を重視する中絶容認派が支持を広げていった。そして1973年1月22日、ついに連邦最高裁は7対2の大差で「妊娠を継続するか否かに関する女性の決定はプライバシー権に含まれる」として合衆国憲法修正第14条が女性の中絶の権利を保障していることを初めて認めたのである。いわゆる「ロー対ウェイド判決」として知られている歴史的な判決だ。

 それ以来、多くの保守的な州で妊娠中絶を規制する法案が議会で可決されたが、いずれも「ロー対ウェイド判決」を根拠に違憲とされ発効が阻止されてきた。

トランプ前大統領が崩した
最高裁のパワーバランス

 ところが、中絶に反対するトランプ前大統領の任期中に状況が一変した。トランプ支持者である保守層やキリスト教原理主義者の多い南部を中心に反中絶運動が急激に広がり、いくつもの州で相次いで中絶禁止法が成立して全米を震撼(しんかん)させているのだ。例えば、アラバマ州ではほぼ全面的に中絶禁止、オハイオ州やテキサス州でも通称「ハートビート(心臓の鼓動)法」、が議会で承認されている。

「ハートビート法」とはその名の通り、超音波検査で胎児の心拍が確認できる6週目以降の中絶を禁止するというもの。しかし、そんな早い段階では妊娠に気がつかない女性が圧倒的に多く、ほとんどの女性が中絶を受けられない。それにもかかわらず性的暴行や近親相姦による妊娠も中絶禁止という徹底ぶりだ。

 まるで半世紀前に逆戻りしたような状況である。しかも取り締まりに協力した市民はクリニックの医師などに対して民事訴訟で1万ドル(約113万円)が請求できるというから、まるで魔女狩りのような異常さである。