「その話題に直接ズバッと口をはさむと、場の空気を断ち切るだけでなく真意が伝わらないこともあって、結局自分が損をします。そこは様子を見ながら適切なタイミングをうかがって、ほかの方が発言したときに『そうですね、私もそう思っているんです』と受けてから、『先ほど○○さんがおっしゃったことについては、私はこう考えています』と伝えるなど、ゆるっと回り道をするようにしています。発言しなきゃと焦る気持ちもわかりますが、時間が限られていたとしても1分1秒遅れたからといって受け取られ方が劇的に変わることはないと思うんです。タイミングが後になったとしても、違う話題から入ったとしても、元の話題に戻れるんですよ」

 できるだけやわらかい言い回しや声で自分の言葉を伝えるのが秘訣だというが、いざ発言するとなると緊張して声が裏返ってしまいそう。

「第一声って、むずかしいですよね。『おっ、川田が発言するのか!』と注目されると、余計に緊張します。だから私は、ほかの方がお話されているときに、『う~ん』『なるほど~、そうかぁ』など周囲の人たちが不自然に思わない程度の音量で、声を出していきます。相づちや、心から漏れてしまった声といった感じなら、誰もおかしいとは感じないですよね。そのボリュームを少しずつ上げていき、そのうえで発言するとスムーズにいきます」

フリーアナウンサーの川田裕美さんフリーアナウンサーの川田裕美さん(撮影/写真部・東川哲也)

 川田さんのメソッドは、すべて現場で培われてきたものだけあって、現在仕事をしている多くの人の参考になる。

「アナウンサーの仕事では、すでにチームができあがっている番組に、私だけが新しく加わることも多いんです」

 一般の仕事で言うなら、転職や異動のときに相当する。

ゆるめる準備 場にいい流れをつくる45のヒント『ゆるめる準備 場にいい流れをつくる45のヒント』
川田裕美 著
定価1540円
(朝日新聞出版)

「そんなとき私は、一度自分を“消す”んです。そこにはそこのやり方があるし、人と人との関係もできているなかで、最初から自分らしさやヤル気を強くと出すと、周りとの距離感をわかってないと思われますよね。そうではなく、まずはその場に身を任せてみる。それまでの私を知っている人たちから『川田さんのよさが出てない』『変わっちゃったね』と言われると気にはなりましたが、私がやるべきは番組をよくすることであって、自分がどう映っているかを気にすることではないと思いました」

 それまでのキャリアがあればこそ、自分を“消す”のは簡単なことではないだろう。

「でも、しばらくそうしていると、『メインMCの方は出演者のみなさんに話を振る役で、私はみなさんが話しやすいよう情報を整理して提示する役』というように、自分の役割が見えてくるんです。そうしているうちに余裕も生まれ、自分らしさも自然に出てくるようになります」

 新しい現場ですべてのことをいっぺんにクリアしようとするのではなく、優先順位をつけて、まずは無理なく場になじむことに注力する。回り道を行くようだが、決してそうではない。

「最初から高いところを目指すと疲れちゃいますもんね」

 と微笑む川田さんを前にすると、それこそが実は最短の近道なのだということがよくわかる。

(取材・文/三浦ゆえ)

AERA dot.より転載