世にいう成功者、たとえば分かりやすいのは著名なアスリートだが、そうした成功者たちは、「自分はすごい」「自分に満足」というように自己肯定をしているかといえば、決してそんなことはない。

 何かの大会で優勝した個人や優勝チームの主将のインタビュー場面を思い出してみよう。私たち日本人の多くは、ほとんど自画自賛するようなことはなく、「今回は、たまたまコンディションがよくて、結果としてうまくいきましたけど、自分なりの課題も見えてきたので、そこを克服するように頑張っていきたいと思います」というように、謙虚な姿勢を示し、運が良かったということを口にしたり、今後の課題を口にしたりするものだ。「どうなるか、不安はあったんですけど、とにかく全力を尽くそうと思って臨みました」などと、不安だった心の内を吐露する人もいる。

 多くの国民が注目するヒーローインタビューを受けているトップアスリートでさえ、とても謙虚な姿勢を見せ、自己肯定感の高さをあからさまに示すようなことはない。

 たとえば昨年の東京五輪で、400メートル個人メドレーと200メートル個人メドレーで金メダルを取り、日本競泳女子初の五輪2冠を達成した大橋悠依選手は、本番まで1カ月を切ったある日、大学時代から師事する平井伯昌コーチに、「五輪に出ても決勝に残れません」と吐露したという。もともと大橋選手は自己肯定感が低かったといい、引退をほのめかす発言は一度や二度ではなく、五輪が近づくと不安が急速に膨らんでいったという。平井コーチの助言で何とか迷いは消えたものの、金メダルを取れるとは一瞬も思わなかったそうだ(読売新聞オンライン2021年7月26日付記事より)。

 これほどの成功者でも自己肯定感が高いわけでなく、むしろその低さにあえぎながらトレーニングを積んできたのである。ふつうに暮らしている人の自己肯定感が高くなくても、何ら問題はないはずだ。