ヒルの場合には幸いにして必要な手助けを得ることができ、十分な休養と回復とが必要であると判断されました。「回復と適応こそがトレーニングの有効性を最大化するものですが、その点が見落とされがちなのです。回復を伴ってこそ成長することができ、また疲労で傷んだ部分の修復のために休養が必要であることは、科学的にも証明されているのです」と、ヒルは言います。

 アスリートに適切なメンタルサポートを提供するためには、コーチやサポートスタッフと共にトレーニングを行なうことが最善です。

理解のある周囲のサポートで回復した成功例:
「むしろ本人が無自覚だった」

 スポーツを通じて起こるメンタルヘルスの問題が、常に手に負えないほど事態を悪化させてしまうわけではありません。チェルトナム・タウンFCに所属するサッカー選手マシュー・ブレアの成功例を見てみましょう。

 ひたすら頑張り抜くことで引き起こされるダメージについて、そしてまた、理解あるチームによって及ぼされる恩恵の大きさについて物語るエピソードです。

「自分の精神状態が問題に瀕(ひん)しているとは、まったく自覚していませんでした」と、ブレアは振り返ります。「とにかく耐え抜くという考えが、サッカー界に蔓延しています。自分の状態が単なる疲労に過ぎないとあのまま思い込んでいれば、手遅れな状態になっていたかもしれません。気を失って初めて、いろいろと気づかされたのです」。

 当時の監督、ダレン・ファーガソンに指摘されてなお、ブレアは休養を取ろうとしなかったと言います。

「選手である以上、トレーニングに参加し、試合にはいつだって出場したいという思いがあるわけです。もし監督やスタッフ、チームメイトが“とにかく休め”と言ってくれなければ、自分から休むことなど絶対に無かったでしょう。ダレン・ファーガソン監督からは、『家族のもとで一週間の休暇を取るまでは試合で使わない』と言われました」。監督のアドバイスに従ったことで、「なぜメンタルヘルスが重要なのか深く理解し、そしてより健康な状態になって戻ってくることができました」とコメント。

コーチによるサポートの重要性

 国際的に知られるパフォーマンス・コーチであり、シェフィールド・ハラム大学でスポーツコーチングの上級講師を務めるポール・グリーブス氏は、コーチによるサポートの重要性について誰よりもよく知る人物です。

「コーチングの本質とは、相手の潜在能力をうまく引き出すことにあります。だかこそ状態が思わしくなければ、相手のことをより深く考えてしまうものなのです」と、グリーブス氏は言います。「高いパフォーマンスを求められるアスリートやスポーツ選手は、人生を競技に捧げることで大きな代償を支払っています。彼らにとってパフォーマンスこそが、人生における最大のものなのですから」とも。

「バイルズ、ピーティー、ミングスといった選手たちが大きな話題となった現状について、ストレスを問題視することはもはや特別なことなどではなく、アスリートが文化的に発言する機会を手にしたに過ぎない」と述べているのは、スポーツ心理学者であり『重圧のなかで闘う:アスリートを成功へと導く心理学的戦略』の著者としても知られるジョセフィン・ペリー博士です。