言われたことしか
やらない姿勢とは何か

「言われたことしかやらない姿勢」がシステムトラブルの真因というのも不思議である。言われたことしかやらないというのは、「個別具体的で限定された行為のみをやる姿勢」と考えられるが、ここで思い出されるのは、SL(状況適応)理論である。

「指示的行動」⇒具体的な指示命令を与え、仕事の達成をきめ細かく監督する関わり方
「共労的行動」⇒部下に援助や指示を与え、問題解決や意思決定への参加を促す関わり方

 つまり、部下の発達度がきわめて低ければ、行動をすべて管理して、なになにをせよ、と細かく命じる、これが教示型(指示型)。慣れてくれば、なになにをせよ、と指示はするが、本人にも裁量を持たせて、がんばってくれ、と見守るのが説得型(コーチ型)。さらに発達度が上がれば、本人の裁量を増やし、やり方にあまり口は出さず援助にとどめ、責任は持つのが参加型(援助型)。最も高度に発達した部下には、すべての権限を委譲して任せるのが委任型である。

 指示を受けたことだけをするというのは、単純労働的な非熟練労働者に適用される「教示型」の仕事の進め方である。この方法が、銀行の高度なシステム開発に使われたとはいったいどういうことか。部下の発達度が低いのだろうか。

 メガ銀行は最も優秀な人(少なくとも賢い人)たちが集まる会社の一つである。ベテランも多数いるのだ。それに、複雑なシステム開発の業務を担う人たちが、マニュアル的労働と同じような教示型で達成できるわけがないし、高度な内容を達成するのに、そのような自由度の低い仕事の仕方を本来は好むはずがない。つまり、これは、システム開発を担当した人たちにとっての自衛手段、リスクヘッジなのだ。

 システムを担当した人たちの胸のうちはこんなふうではないだろうか。

・かなりの確率で失敗が見込まれる状況であり、経営陣はシステムには興味がなく、できるだけ関わり合いたくないと思っている(何か起こったら、知らん顔をして、こちらの責任問題にするに決まっている)。
・上司たちも、できれば我関せずで、支援的活動は見込めない(説得型ではない)。
・成功しても特に褒められることもないが、失敗したらどえらく怒られる(左遷される)。
・もし失敗したら、失敗の犯人捜しが行われる。その際には、“従前”と異なること、変わったこと、新しく挑戦したこと、など“余計なこと”が真っ先に疑われる(少なくともみずほ銀行の問題のシステムが組まれた時点では、銀行は前例主義の強いカルチャーに支配されている)。
・抽象的な目標をもとにその内容を自分の裁量で決定し遂行すると(委任型)、失敗したらその責任は自分に帰することになる。そこで、すべての実施すべき行為をブレークダウンして具体化し、きわめて保守的な範囲を自分の業務範囲と設定し、その上で何をやるかを上司に指定してもらい(教示型)、それだけを実施するという方法を採る。
・そうすれば、何か問題が起こっても「自分の持ち場については完璧に遂行しました」と言えるので、疑いがかからずに、責任を問われなくて済む。余計な提案もしていない(何かあったときに降りかかる火の粉を最小限にすることができる)。
・もし、自分の持ち場と、他人の持ち場との間の連結で問題が起こったとしても、自分としては上司に指定されたことはしっかりとやっているので、自分の責任ではないと言い逃れができる。

 だいたいこんなところであろう。

「言われたことしかしない姿勢」というのは、本来は高い能力のある人たちが、あえて委任型から教示型に仕事のやり方を退化させ、自己の裁量を大幅に下げることによって「責任追及から逃れる」ためにしているリスクヘッジの行為なのである。

 本来、システム構築はクリエイティブであり、委任型や参加型の仕事の進め方でなければ成功しない。幾度にもわたる失敗からの自信喪失、または過度の細かいチェックの強制によって、あるいは時限爆弾のようにどこに埋まっているかわからない不具合の存在によって、現場の社員を教示型へ逃避させてしまったのではないか。そして、このような仕事のやり方が真因ではないとまではいわないが、むしろ、問題が起こることが高い確率で予測されたからこそ、言われたことしかやらない仕事のやり方に変えたというのが実際のところであろう。

 このように、「言うべきことを言わない、言われたことしかしない姿勢」がそもそも何のことを言っているのかを把握すること自体が難しい。それを改善するのはもっと難しい。おそらく金融庁は、公開された文書とは別に表に出せない具体的な指導をしているはずであろうから、みずほ銀行側に十分に真意は伝わっているのであろう。

 しかし、もし、この文書を見たどこかの社長が、これを教訓として(あるいはおこがましいが「他山の石」として?)、自分の会社の組織にリスクを感じ、思いつきのように「言うべきことを言わない、言われたことしかしない姿勢ではみずほ銀行のようなことが起こってしまう。皆さん、言うべきことは言ってください。言われていないこともどんどん実施してください……」などと命じても、聞く側はちんぷんかんぷんで、何ら実質的な内容は伝わっていないし、仮に表面的な言葉の意味が伝わったところで、「言うべきこと」「やるべきこと」は決して実行されないということをこそ、教訓として学び取るべきであろう。

(プリンシプル・コンサルティング・グループ株式会社 代表取締役 秋山 進、構成/ライター 奥田由意)