中国の従業員も大切にする日本企業を見習うべきだ

 数年前のある日、C社という大手企業の幹部M氏がお土産を抱えて近況報告という名目で私のところを訪れた。

 上海の近くにある大都市S市に工場を持つC社は、やはり逆らえぬ時代の流れで、工場を閉めることに決めた。M氏はその陣頭指揮者として本社から現場に送り込まれた。成田空港に到着して中国の現場に移動しようとしたその矢先に、ニュースが飛び込んだという。

 同じS市に工場を持つある日本を代表する別の企業が工場閉鎖で従業員ともめ、工場解散の条件をのめなかった従業員たちは街に出て抗議デモを起こしたというのだ。ニュースを聞いて、M氏は相当、ショックを覚えた。やはり既定の方針でやり抜こうと、自分で自分を鼓舞しながら中国へ飛ぶ飛行機に乗り込んだ。

 結果から言うと、C社は、従業員への補償金支給など工場閉鎖関連の一連の手続きを順調に済ませた。閉鎖関連の情報が事前にまったく漏れていなかったため、工場では、かなり先のスケジュールやイベントが組み込まれていた。なので、工場解散後も日本人工場長と解雇された中国人労働者たちは予定通り、一緒に和気あいあいと郊外の遠足に行き、労使関係がすでに解消されたはずの双方は交流と憩いのひと時を楽しんだ。こうした光景があまりにも珍しかったので、地元の労働局はC社に感謝状を出すほど評価した。社命を円満に果たして、日本に帰国したM氏も出社すると、すぐに社長室に呼ばれ、社長から激励された。

 M氏からこの話を聞いた私も非常にうれしかった。「記事にでも取り上げようか。他の日系企業にとっては参考にする価値があるから」と提案した。結局、C社は検討した結果、マスメディアでの露出は遠慮するということになった。

 しかし、数年後のいま、キヤノンは似たような手法で工場撤退に成功したのを見て、やはりC社の事例も読者と共有すべきだと思い、あえてここに公開した。

 日本企業は中国に進出したとき、入社した中国人社員に「愛社精神」を教え込んだ。だから撤退するときには、会社を愛する精神で長年働いてきた社員に、自分の肉親とでも思う気持ちで処遇できるのか問われている。

 夜逃げの形で中国を撤退した外資系の企業もある。撤退の手続きが煩雑で地元の役人も積極的に協力しないといった問題もその背後にあっただろう。しかし、なんといっても長年勤務してきた社員に苦汁を飲ませることは、企業の経営者としては失格だ。

 日本語のことわざには、「飛ぶ鳥跡を濁さず」というのがある。キヤノンとC社の中国撤退は日本企業のあるべき風格を見せてくれた。1万個のいいね、をあげたい。

(作家・ジャーナリスト 莫 邦富)