『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』を推してくれたキーパーソンへのインタビューで、その裏側に迫る。
今回インタビューしたのは、人文思想系から経済・ビジネスまで、幅広い分野の書籍を手がけるライター・編集者の斎藤哲也氏。「独学」が欠かせない職業柄、斎藤氏は『独学大全』をどう読んだのか? 今回は、同業者、そしてライター志望者に向けて、本書の活用法を語ってもらった。(取材・構成/藤田美菜子)

前回記事はこちら:プロのライターもうなる!「文章を書く人の奥義」が詰まった一冊

文章がうまい人がやっている「意外すぎる」訓練Photo: Adobe Stock

「自分ならどんな入門書が書けるか」を考える

――『独学大全』では、「学習の目標」を立てる重要性も強調されています。ライターという仕事の場合、広範な分野の知識を扱うため、目標が立てづらい部分もあると思うのですが、斎藤さんは何を学びの目標にしてこられたのですか?

斎藤哲也(以下、斎藤):「自分なら、どんな《入門書》が書けるか」ということを意識するのが、ひとつライターとしての目標につながると思っています。

 ライターに「専門書」は書けません。基本的には、誰か詳しい人の知識を借りながら、より間口の広い入門書を書くのが僕たちの仕事です。しかし、入門書だからこそ切り口はいくらでもあるし、それを語る言葉の技術も必要になる。だから、自分なりの入門書を書くことをつねに念頭に置くのが、ライターとしての学びの指針になるだろうと考えています。

 もうひとつ、ライターにとって欠かせないのが、専門的な内容を初心者の読み手にもわかりやすく伝えるための学習です。

 有識者や研究者は、往々にして「これくらいみんなわかっているよね」という前提で、専門的な概念や用語を語りがちです。それを文章にするときは、こちらで説明を補完しなくてはなりません。

 とはいえ、百科事典に書かれているレベルで詳細な説明を加えてしまうと、文章の要点がボケるし、何より読みづらい。となると「どこまで噛みくだいて説明するか」が、ライターの腕の見せどころになります。

 そんなシーンで僕が調べものをするときに、役に立っているのが「高校生用の電子辞書」。山川出版社の『日本史用語集』や『世界史用語集』をはじめ、化学事典や生物事典など、科目別のコンテンツが豊富に収録されていて、かなりの物事が「高校生にもわかるレベル」でコンパクトに説明されているのが便利です。

 もちろん、それだけを鵜呑みにすることはできませんが、ひとつの参照点にはなるでしょう。高校生向けの電子辞書は、価格的にも一般向けの製品よりおトクなのでおすすめですね。

「文章の書き方」を独学する方法

――ライターにとっての独学には、「ある分野の知識を習得する」というテーマに加えて、「伝わりやすい文章の書き方を習得する」というもうひとつのテーマがあると思います。後者については、斎藤さんはどのようなアプローチを取っていますか?

斎藤:その話でいうと、『独学大全』の第4部「国語独学の骨法」の中で紹介されている『着眼と考え方 現代文解釈の基礎』(遠藤嘉基・渡辺実、ちくま学芸文庫)という本が役に立つでしょう。『独学大全』が刊行された2020年9月の段階では絶版で入手困難でしたが、昨年末にちくま学芸文庫から復刊されました。

文章がうまい人がやっている「意外すぎる」訓練本書はもともと受験参考書。『独学大全』で紹介され、復刊につながった。

 復刊には僕もちょっとだけかかわっていて、出版社の方と雑談しているときに「これ、ちくま学芸文庫で復刊してほしいなぁ」と話したんです。受験対策本としてはもう必要ないレベルの内容なのですが、大人が読むには最高の教材だと思ったからです。

 大学受験に出てくる現代文、とりわけ評論文ではロジックが非常に重視されます。そのロジックをどう読み解くかというのが同書の大きなテーマ。こうした参考書を活用して文章の組み立てを学ぶというのは、ひとつ有効なアプローチだと思います。

『現代文解釈の基礎』では、評論文だけでなく「小説」をどう読むかというテーマにもボリュームが割かれています。読解のテクニックというよりも「文章を読むとはどういうことか」という本質に触れている書物であり、長らく復刊が待ち望まれていました。今の若い人たちが読んでも、新鮮に感じられるはずです。

日本語を書くのに「英文法」が役立つ理由

斎藤:もうひとつ、僕が文章を組み立てるうえで大きな影響を受けているのが「英文読解」です。

 英文読解の学習では、「構造的に読む」ことをこちらが意識しないと、特に最初のうちはなかなか読めない。何が主語で、何が動詞で、形容詞はどこにかかっているのかといったことを意識する習慣は、僕の場合、日本語だけ勉強していても身につかなかったのではないかと思います。

 例えば、英文法の授業では「言い換え」をするトレーニングが出てきます。能動態と受動態を入れ替えれば、主語と目的語が逆さになる。名詞を修飾する関係代名詞を、主語と述語の文構造に戻してみる。そういう問題が英文法では出ますよね。

 日本語についてこういう訓練を受ける機会はほとんどありませんが、ライターは似たようなことを自分の頭の中で繰り返しています。同じ文章でも、いろいろ構造を変えながら、より読み手に伝わりやすい形を探っているわけです。

 その意味では、身近な言葉だからといって、訓練なしにうまく使いこなせるわけではない。むしろ、身近に使っているからこそ、わかっていないことがたくさんあるような気がします。それも、『独学大全』で言うところの「システム1(無意識の処理)」の罠なのではないでしょうか。

 システム1の脆弱性を理解し、「システム2(意識による処理)」によって必要な修正や補完を行うべし――という『独学大全』のテーマは、そのままライティングのスキル向上についても言えることだと思います。

(※システム1、システム2については前回記事参照)

文章がうまい人がやっている「意外すぎる」訓練斎藤哲也(さいとう・てつや)
1971年生まれ。ライター・編集者。人文思想系から経済・ビジネスまで、幅広い分野の書籍の編集・構成を手がける。著書に『試験に出る哲学 「センター試験」で西洋思想に入門する』(NHK出版新書)、『読解 評論文キーワード』(筑摩書房)、監修・編集に『哲学用語図鑑』(田中正人著・プレジデント社)など。原稿構成を手がけた本に『おとなの教養』(池上彰・NHK出版新書)、『言語が消滅する前に』(國分功一郎、千葉雅也・幻冬舎新書)ほか多数。TBSラジオ「文化系トークラジオLIFE」サブパーソナリティ、「不識塾」師範も務めている。