トヨタ自動車の豊田章男社長は役員の若返りや、組織の階層を減らすフラット化などの改革を行い、自身に権限を集中させてきた。「自動車業界の100年に1度の変革期」を生き抜くため、迅速な経営を可能にすることが大義名分だった。だが近年、長男の大輔氏が経営の表舞台に立つようになって以降、社内では「改革は豊田家の世襲のため」と見る向きが多くなり、中堅人材の流出が相次いでいる。章男氏による中央集権化は時代の要請か、組織の私物化か──。特集『絶頂トヨタの死角』の#2では、“豊田流人事”の内実に迫る。(ダイヤモンド編集部 千本木啓文)
優秀な中間管理職が競争力の源泉
過去最高益トヨタを襲う人材劣化
「この1年で株価は1.5倍。(豊田)章男・トヨタ自動車社長の実績はすばらしい。だが、今のトヨタは中堅幹部や若手社員が活躍しやすい環境になっていない。人材の流出が心配だ」。あるトヨタ幹部は憂い顔でこう語る。
トヨタの強さは、日々カイゼン活動が施される工場など「現場」に宿るとされてきた。その現場をつかさどっているのが、優秀な中間管理職である。競合企業に比べて、これら“ミドル層の厚さ”がトヨタの競争力の源泉となってきたのだ。
ところが足元では、トヨタを支えてきた中堅や若手の人材流出が始まっている。その背景には、章男氏が行ってきた制裁人事や組織改革の副作用として、「上に物が言えぬ」雰囲気がまん延したことがある。
創業家の「世襲ありき」の人事施策が人材流出に拍車を掛けている側面もある。近年、章男氏の長男である豊田大輔氏が経営の表舞台に立つ機会が増えた。経営手腕は未知数だが、将来的に大輔氏がトップに立つことを前提に、あらゆる物事が決まりつつある。
章男氏が入社した際には、父の豊田章一郎氏は「(章男氏を)部下に持ちたいと思う人間は今のトヨタにはいない」と突き放した。その対応は形式的だったかもしれないが、社員に経営者として本当にふさわしいかどうかの審判を委ねたとも言える。翻って、大輔氏の場合は優遇ぶりが目立つ。
目下のところ、トヨタの2022年3月期見通しは過去最高益に迫り業績は絶好調ではある。だが深刻な課題も顕在化してきた。次ページでは、視界良好のトヨタを蝕む“人材劣化”の病巣や創業家回帰の動きを明らかにしていこう。