獄中経営も可能にするオーナー経営と相続慣行

「財閥」という言葉を聞いて、日本人がすぐにイメージするのは太平洋戦争後に解体された三菱や三井、住友といった旧財閥だろう。それと韓国におけるサムスンや現代、SK、LGといった財閥は、異なった性格を持つのだろうか。

「オーナー家(創業者および家族)が企業集団を所有し、ファミリービジネスを展開している点は日韓とも同じだが、日本の旧財閥、とりわけ三井・住友が番頭経営、つまり専門経営者を軸とする経営であったのに対し、韓国財閥は専門経営者が脇を固めていてもオーナーのリーダーシップが極めて強いという特徴を備えている」(安倍氏)

 それは、「オーナーが経営して初めて企業が回る=オーナーがいなければ回らない」とも表現できる状況だ。

 さらに韓国財閥は、系列企業の相互出資による株式の分散保有という独特の構造を持っている。そのために財閥なり企業集団の経営の主体が資本的には不透明である。オーナー家の株式の保有比率は一見、多くはないように見える。

 しかし、「あくまでもオーナー家が究極の所有者であり、総帥なり会長なりがオーナーシップを発揮して『会長がいなければ会社はきちんと回らない経営体制』を築いている」と安倍氏は指摘する。

 だからこそ裁判で有罪判決を受けた総帥なり会長なりが、その地位を保持でき、たとえ刑務所に収監されていても実質的にトップでいられる「獄中経営」ができてしまう。

 いわゆるガバナンスの視点からは信じがたい姿にも見えるが、安倍氏によると、「獄中経営が可能であったのは、裁判が政治や世論に左右され、かつ韓国国民もそれを熟知していたからだ。ただし、近年は獄中経営への批判も強まり、公然と行うことは難しくなっている」という。

 そのうえで、韓国財閥では事業の承継をめぐる争いが絶えず、「相続は争続」が当たり前のようになっている。

 韓国の『ハンギョレ新聞』の報道によれば、韓国の大企業集団10大グループのうち実に6つのグループで骨肉の争いが繰り広げられ、10位以下のグループにおいても多くの「争続」が発生しているという(*2)。

 争続が抜き差しならない状況になり、財閥がいくつもの企業群に分割されてしまうケースも珍しくない。

 例えば現代財閥は、長男が若くして亡くなっており、創業者の後継者指名をめぐり2000年に3人の息子たちの間で兄弟喧嘩が起き(李氏朝鮮時代の王位継承争いになぞらえて「王子の乱」といわれる)、長男の役割を担っていた二男が現代自動車、他の2人が現代重工業や現代百貨店を率いて袂を分かつ事態になった。

 現代は、かつてはサムスンと肩を並べる資産規模を誇ったが、分裂騒動後は、現代自動車が2位、現代重工業が10位で、順位こそ上位を維持しているものの資産規模ではサムスンに大きく水をあけられている。

 相続が争続となり、企業や事業が分裂するのは、韓国の相続慣行上、避けられないことだとする見解もある。韓国には、「長子優待不均等分割相続」という慣行があったからだ(*3)。

 いずれも過去のことだが、日本では長子単独相続であり、長男が家産を受け継ぎ、家産を維持・増大させることを目的に家業を継ぎ、営んできた。これに対して朝鮮の伝統的な家族制度は、長男には優待(優遇加算)があるが、基本的にはすべての男子に財産が分割され相続される「長子優待不均等分割相続」であり、そのため韓国では家産、すなわち一家の財産という概念が存在せず、財閥企業でも財産は基本的には分割されてしまう、というわけである。

 これについて安倍氏も、「韓国財閥の事業承継では、企業家として経済的なメリットを持続させることと、家族への相続という論理の相剋が常にある」と言う。

 そのうえで、「戦後の民法では均等分割に改められており、関係者が同等に相続の権利を主張でき、かつては無視された女性家族への相続もあるので、事業や家産の分配バランスを確保するのがさらに難しくなり、結果的に財閥相続が争続になってしまう」と解説する。

*2 Hankyoreh JAPAN「韓国10大グループのうち6つで骨肉の争い」2015年7月29日
*3 服部民夫『韓国「財閥」の将来~「財閥の成長と衰退」試論』所収(1994)