という話になると、「国民は軍部に洗脳されていた」とか、「言論統制で正しい情報が届けられなかったからだ」とか、とにかく「日本人は被害者」的なことを主張する人がいる。当時、日本が置かれていた状況については、新聞、出版、ラジオを介して、日本国民の多くもよく理解していた。「経済学者たちの日米開戦」(新潮選書)にもこのように述べられている。

<対英米戦争をすれば短期的には何とかなっても長期戦(2ー3年)になれば日本は困難な情勢に陥るということは、当時の日本の指導者は皆知っていた。というよりも、これから戦争しようとする英米と日本との間で巨大な経済格差があり日本が長期戦を戦うことは難しい、というのはわざわざ調査をするまでもない「常識」であり、一般の人々にも英米と日本の国力の隔絶は数字で公表されていた>

 つまり、「正しい情報」は持っていて、このまま突き進めばどんな深刻な事態になるのかということもしっかりと把握しながら、日本国民は軍部や政府に「戦争せよ」と求めていたのである。

 むしろ、陸海軍や内閣の弱腰を批判して、「確かに長期戦は勝ち目がないが、先制攻撃をすれば勝てる」というご都合主義的なロジックに飛びついて、熱狂と歓喜の中で対米開戦へ突っ込んでいくのだ。

 西側諸国を敵に回して孤立を深めながら、他国への軍事侵攻を進めるロシアは、80年前の日本と瓜二つだ。ならば、同じように経済制裁が逆効果になってしまう恐れもあるのではないか。

ロシア国民を追いつめて対立と憎悪をあおるだけかもしれない

 ロシアで反戦ムードが高まっているのは事実だし、プーチンへの不信感・不満も高まっているのも事実なのだろう。しかし、一方で西側メディアが報道するウクライナの惨状を見て「フェイクだ」「NATOの陰謀だ」として、より西側諸国やウクライナに対して憎悪を膨らませている人や、プーチンの信奉者もそれなりにいるのも事実だ。

 ということは、西側諸国の「反ロシア連帯」が強まれば強まるほど、そのような人々のナショナリズムを刺激して、「この制裁を解除させるためにも、ウクライナに総力戦を仕掛けて早く勝利をしなくてはいけない」という、事態を悪化させるような世論が醸成される恐れもあるのだ。

 経済制裁で国民に痛みを与えれば、彼らが立ち上がって権力者の暴走を止める、というのは、確かに合理的な考え方だ。が、80年前の日本を見てもわかるように、戦争というのは、「正しい情報」が揃っていたとしても、合理的な判断ができない時に起きるものなのだ。

 プーチンの暴走を食い止めるために国際社会が連帯・連携すべきであることにはなんの異論もない。しかし、一方で過去の歴史を学べば、「ロシア国民」を追いつめるようなことをしてもさらなる対立と憎悪をあおるだけで逆効果になってしまう恐れもある。

 今我々がやるべきは、ウクライナの人々を救うことであって、必要以上にロシアの人々を苦しめることではないのではないか。

(ノンフィクションライター 窪田順生)