保存の困難な物、
分割できない物の問題も

 老後資金を銀行預金で持っておくのは容易だが、肉や魚で持っておくことはできないので、腐らない物に換えておく必要がある。腐らないといっても、テレビやラジオを老後資金として何十個も持っているわけにもいかない。そうなると、貴金属などの人気が高まり、大量の肉や魚を少量の貴金属と交換せざるを得なくなることが考えられる。

 分割できない物の問題もある。肉屋の月給が肉数キログラムなのであれば対応可能だろうが、自動車工場で働いたとして、月給が自動車の半分というわけにもいかない。

 物々交換の世界で、筆者が大学で講義した報酬はどうなるのだろうか。学生たちが肉や魚で授業料を支払い、その一部が筆者の月給となるのだろうか。それならまだましだが、筆者が雑誌に寄稿した原稿の原稿料として、雑誌が数百冊送られて来たら、困惑するに違いない。

人類が貨幣を使う理由
「二度手間」が生活を便利にする

 というわけで、物々交換は直感的には便利なように思えるが、実際には大変不便なものだ。だから人類は、貨幣を使うようになった。魚を現金に換え、現金を肉に換えるという「二度手間」が生活を便利にしているのである。

 余談だが、似たような例は通訳の世界にも交通の世界にもある。日本人とドイツ人が会議をする場合、ドイツ語のできる通訳を探すのは大変だが、英語を話す通訳はすぐ見つかる。ドイツ語と英語の通訳もすぐ見つかる。したがって、互いに英語との通訳を連れて会議をすれば良い。

 多数国が参加する国際会議では、なおさら英語を使うのが便利だ。日本の代表は、ドイツ語やフランス語などの通訳を大勢連れていく必要がなく、英語の通訳だけを連れていけば良い。

 交通についても同様だ。飛行機の直行便で移動しようとすれば、都市の数が100個あったらそれぞれの都市から99便を飛ばす必要が出てくるが、全ての都市が羽田空港との間だけフライトを飛ばし、客は羽田経由で目的地へ行くとすれば、理屈の上では日本中に飛行機が99機あれば良いということになる。

 私事であるが、筆者は今月末で定年退職を迎える。本稿の内容は、筆者が経済学や金融論の講義で好んで使ってきたものだ。それを皆様にこのタイミングでご紹介できたのは、感慨深いものがある。

 本稿は、以上である。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織などとは関係がない。また、わかりやすさを優先しているので、細部は必ずしも厳密ではない。