また、政権引き継ぎ委員会の「大統領府移転タスクフォース」メンバーでもある金竜顕(キム・ヨンヒョン)元合同参謀本部作戦本部長は、「合同参謀本部が移転する首都防衛司令部地区は電磁パルス防御機能が整っているだけでなく、最先端軍事施設が入っており、別途の費用はそれほどかからない」「(既存の施設を活用すれば)行政職員が使用する5階建て前後の建物だけを建てればよい」と述べ、共に民主党側の予算積算根拠は宣伝・扇動にすぎないと一蹴した。

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 大統領執務室の移転を急ぐ国民の力と、移転を快く思わない共に民主党側には越えることのできない深い溝があるようである。

 それは、大統領執務室の移転先問題にとどまらず、韓国の大統領制のあり方の違いでもある。つまり、韓国の安全保障と直結しているということである。先述の通り、4月には北朝鮮が挑発を繰り返してきた経緯があり、この時期に移転を強行することの是非は議論の余地があるだろう。

 例えば、次期政権が発足するまでは文在寅政権との対立を回避し、大統領に就任する5月10日は通義洞で迎えるものの、文在寅政権の顔を立てつつ多少の時間をかけて移転するという選択肢もあるのではないか。

 尹錫悦次期政権にとって重要なことは、これまでの帝王的大統領制に終止符を打つと同時に、政権移行後の国会運営で共に民主党との対立をいかに少ないものにするかである。今、文在寅政権側と決定的な対立を行うことが正しい選択なのか。大統領執務室の移転は必ず実現すべき課題としつつ、移転の時期を再考するのも選択肢としてあり得るだろう。文在寅氏との対立について、冷静に見つめる必要がある。

(元駐韓国特命全権大使 武藤正敏)