ナラティブアプローチが重要な
ヒューマナイジング・ストラテジー

 もともと日本企業のハードウェア開発で実行していたスクラムの考え方を、米軍偵察機のパイロットとしてベトナム戦争に従軍していたジェフ・サザーランド氏がソフトウェア開発に展開し、手法として確立したことで、世界的に広まることになった。

 アジャイル・スクラムのプロセスでは、知的機動力を高めるためにメンバー全員が立って15分の朝会を行う。そこでは、昨日の振り返りの共有から始まる。「いま・ここ」には、過去と未来が同居しているので、メンバーが昨日の振り返りを一巡することで、これから何をやるべきなのかが集合的に見えてくる。

 アジャイル・スクラムの良さは、時間論的にも説明できる。私たちが耳で音を聞く時、瞬間ごとに音を切り取って聞くのではなく、いましがた聞いた音、これから聞こえるであろう音を予測し連続的な連なりとして聞こうとする。だからこそ一瞬の間に、今まで培ってきたありとあらゆる技能が詰まっている。身体記憶は、現在の全ての瞬間に居合わせており、「未来の先取り」も内に含むのだ。 

 開発担当と品質管理担当は、クリエイティブペアとなって仕事を進めていくペアプログラミングを行う。他のチームともパラレルに協働しながら、その状況を見える化していくことで、開発の全体像が全員に共有できる。短い周期で開発を進め、適時クライアントからのフィードバックをもらう。その時、不具合があればすぐさま修正していく。こうしたプロセスをサイクルとして回していくのが、アジャイル・スクラムである。

 ヒューマナイジング・ストラテジーは、いわば、私たちの生き方の物語りである。したがって「ナラティブ(物語り)」アプローチが重要となる。このナラティブは、「プロット(物語りの筋)」と「スクリプト(台本)」で構成されている。プロットを描くことで、メンバーにワクワク感を呼び起こし、物語り実現に向けたコミットメントを高めることができる。また、肚に落ちるような納得感のあるスクリプトは、マニュアルとしてではなく、各々がその時々の状況に応じて主体的に判断し、実行することを促すような行動指針となっていく。

 経済学でも、最近になってようやくナラティブが注目されるようなった。ノーベル経済学賞を受賞したアメリカの経済学者ロバート・シラー氏が書いた『ナラティブ経済学』(東洋経済新報社)では、人々のつむぎ出す物語が、いかに経済を動かしているのかを分析している。

 最近の事例では、現在、ソニーグループのシニアアドバイザーを務める平井一夫氏のソニー再生物語りを挙げたい。彼の著作『ソニー再生~変革を成し遂げた異端のリーダーシップ』には、「ソニーの存在意義は感動だ」と書かれている。当時Cた平井氏は「感動」を“KANDO”と言い換えて世界に発信したが、なかなか理解されなかった。そこで平井氏は、“KANDO”の伝道師として、これからはどのような生き方をしていくべきかをグローバルに伝えていった。ゲームやエンタメ畑出身の平井氏は、社内の創造的な活気を取り戻すために「異見」を歓迎したが、財務畑出身の現社長の吉田憲一郎氏とのペアはまさにアートとサイエンスを綜合するクリエイティブペアであった。

 社長直轄事業の「aibo復活プロジェクト」では、プロジェクトのチームメンバーは、時に四つん這いになったりして、徹底的にイヌの目線で共感しながら、そのコンセプトを形づくっていった。なぜaiboのようなペット型ロボットの開発を復活させたのかというと、センシング技術、メカトロ技術やAI、クラウド連携など今後の未来を創造する技術のすべてがaiboに詰めこめるからだった。同時に、人に寄り添って、飼い主との相互作用によって共感を高めるソフトウェアを開発し、第2世代aiboが生まれた。このaibo復活チームは、EV(電気自動車)の試作車開発を手がけた。

 他にも社内に眠るアイデアを形にする「Seed Acceleration Program」で、全社員の力を結集する全員経営の仕組みもつくった。現社長CEOの吉田氏は「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というソニーグループの新しいパーパスを掲げているが、ここにもナラティブが存在している。